破竹の勢いのプロジェクトホスティングサービス「GitHub」の創業者らに話を聞いた
プロジェクトホスティングサービスで高い成長率で注目を集める「GitHub」(ギットハブ)。2008年4月の一般公開から5年足らずで利用者数が300万人を突破(2013年1月中旬)した。これはソフトウェア開発者向けサービスというニッチ市場では破竹の勢いといっていい。2012年7月には有力ベンチャーキャピタリスト、アンドリーセン・ホロウィッツを中心に1億ドル(約91億円)という大きな投資を受けて注目を集めた。
GitHubがローンチした時点で、すでに同類のサービスは多くあったが、過去5年を見れば、一人勝ちといっていい勢いだ。この強さの秘密は何なのか? 来日中のGitHub共同創業者らに話を聞いた。
「GitHubは、元々はサイドプロジェクトとして始まりました」。こう語るのは共同創業者の1人で現在COOを務めるPJハイエット氏だ。
「われわれ創業者はみなGitのファンでした。それまでにもSubversionやCVSなど、さまざまなバージョン管理ソフトを使って来ましたが、Gitのアプローチは他と異なる素晴らしいものでした。ただ問題は、新しい技術だったので、オンラインでコードをシェアするのが難しかったのです。コマンドラインで使うには最高だったんですが」
「われわれはオープンソースのコードをたくさん書いていましたから、他の開発者とコードをシェアしたかったのです。それでGitリポジトリをホスティングする目的で、GitHubは週末のサイドプロジェクトとしてスタートしました」
「そうしてできたサイトを、Rubyのミートアップに参加して、ほかのRubyistsたちにデモを見せ始めました。当時はまだサービスとか完成したプロダクトというよりも、単に“サイト”というものでしたけどね。エンジニアに関心を持ってもらうという意味ではミートアップは良い場でした。最初は友人たちが使い始めて、そのまた友だちが、という風に徐々にユーザーが増えていきました」
「そのうちお金を払いたいと人が現れました。小切手でもクレジットカードでも支払い方法は何でもいいから、お金を出したいと。GitHubを非常に気に入って使っているので、今後サイトがなくなったりしないように、という意味でした。そのとき初めて、これはサイドプロジェクトなんかじゃなくて本物のビジネスになる、と気付いたんです」
「それは本当に大きなターニングポイントでした。われわれ(創業メンバーの3人)は過去に多くのサイトを立ち上げて、サイドプロジェクトをやってきましたが、お金を生み出したことはありませんでした。GitHubも、そうしたサイドプロジェクトの1つでした。当時はまだコンサルティングの請け負いもやっていましたし、ほかにプロジェクトもありました」
「でもGitHubにお金を出すという人がいる。これは、もっと時間をかけて開発に力を入れていいのではないかという話になったんです」
2008年4月に一般公開したときには、すでに数千人のプライベートサービス利用者がいたという。
「一般公開といっても、決済機能をオンにした日という感じですね。もちろん、キチンと機能するように作り込んだのですが、機能としては決済機能をリリースしただけなんです。今でもGitHubは公開レポジトリだけなら無償、非公開のプライベートレポジトリを利用するなら月額7ドルからというモデルですが、2008年4月の一般公開は、有償モデルのための決済機能をオンにした日です。この日は、われわれにとって人生最高の1日となりました。収入を得ることできたのですから」。
「面白いのはトラブル1つなかったことですね。ローンチ時というのは、とんでもないバグが発覚したり、システム障害が起きたり、いろいろ問題が起こって一晩中問題解決にあったりするものです。少なくとも私の経験ではそうです。ところが、GitHubの一般公開では何の問題も起こりませんでした。それで大きなパーティーを開いたほどです」。
GitHubは2012年7月に1億ドルの投資を受けるまでは、いわゆる“ブートストラップ”に成功したスタートアップとして確実な成長を続けていた。外部から資金を調達することなく、自分たちの資金だけを元手に黒字化し、成長もしていた。2011年11月にリリースしたオンプレミス型のライセンスモデル「GitHub Enterprise」も、今や同社収益の4割を支えるほどに成長していて、月額課金モデルと合わせて収益面では順調だった。
独立路線を貫いていたGitHubが投資を受けるというニュースは関係者を驚かせた。なぜ突然、それほどの投資を受け入れる気になったのか? 資金は何に使うのか?
「投資を受ける前でも、われわれはサービスを成長させるために、収益を再投資して人員増強をしていました。でも、今よりもっと速く成長したいと考えると、より安定した経済基盤があったほうがいいと判断したのです。今まで一貫して黒字ではあるのですが、社員の給料のことを心配せずに、ちゃんと夜に眠れるようにということです。投資を受け入れたのは、“もっとサービスを速く成長させる”ための積極的な意思決定をしたということです」
「人を雇うといっても、GitHubの場合、ほとんどが開発者とデザイナです。現在社員数は145人ですが、そのうち90人ほどは開発者もしくはデザイナです。どういう開発者を雇い入れるべきか、われわれはよく分かっています。でも、会社が成長するにつれて、人事や経理、営業の社員も増えてきています。われわれは良い開発者は探せますが、CFOとなると探し方すら分からない。アンドリーセンの投資を受け入れたのは、彼らが業界で広い人脈に通じ、多くのパートナーを知っていたからという面もあります。今後は大きなオフィスを準備したり、独自のデータセンターの用意もするとお金もかかります。15ラックほどデータセンターに自前の設備を用意する計画です」
2008年のGitHubの一般公開当時、すでにソースコードやプロジェクトのホスティングサービスはいくつも存在していた。このジャンルでは老舗のSourceForgeは1999年にスタートしているし、Google Codeも2005年にスタートしている。
後発サービスが市場を席巻しつつあるのは、なぜだろうか? 差別化のポイントは何だったのだろうか? Gitエバンジェリストで同社CIOのスコット・チャコン氏は、それには2つの要因があるという。
「まず、当時はGitを使っているというのが最大の差別化でした。Gitのホスティングサービスは、ほかに1つしかなかったですし、それは非常に使いづらいものでした」
分散して協業するための基盤として、Gitは従前のバージョンコントロールソフトとは一線を画していた。権限のある人々が、どこか1箇所にあるレポジトリに読み書きするのではなく、Gitでは分散したレポジトリを好きなだけ作れて、それぞれの参加者、あるいは通りがかった人が自由にレポジトリをコピーして読み書きし、その結果を“pull request”(編集の取り込みのリクエスト)できる。Linuxカーネル開発向けに設計されたGitは、ネット上の協業モデルとして大きな成功を収め、今もソースコード管理のデファクトとしての地位を日々高めつつある(少し古い記事だが、この辺りの事情は詳しくは「ソーシャル化するOSS開発者たち」を参照してほしい)。
もう1つ、従来のホスティングサービスとGitHubの違いは“開発者フォーカス”だという。
「SourceForgeやGoogle Codeでは、フォーカスはプロジェクトにあります。また、コードやプログラムをダウンロードして消費する人の側にフォーカスがあるのです。一方、GitHubは開発者フォーカスです。コードを書いていて、シェアする人たちのためのサービスなのです」
GitHub以前のホスティングサービスでは、ソースコードといってもアーカイブされた形で存在し、ダウンロードサイトの進化系という印象もあった。ソフトウェアを利用するだけの人にとってはそれで十分だが、開発者として、気軽に開発に参加するにはハードルが高かった。
「GitHubは、ソフトウェアをダウンロードしてコードの中身を見ることもなく使うためのサイトではないんです。GitHub利用者は、そういう期待はしていないはずです。コードを通して、何か手伝いたいとか、学びたい、シェアしたいということを考えているはずです。それが最大の違いです。GitHubは開発者向けなんです」
「GitHubのモットーは当初、“Git hosting: No longer a pain in the ass”(Gitホスティング、面倒くさいのはさようなら)というもので、Gitリポジトリによるコード共有を簡単にする、というシンプルな話でした。でも、ユーザーが増えるにつれて徐々にもっと違う価値があると気付きました。ソーシャル面が重要だと明らかになってきたんです」(PJハイエット氏)
GitHubは、現在“ソーシャル・コーディング”を標語として掲げている。気になる開発者やプロジェクトのフォロー機能があり、誰が何をしているのか、どういうプロジェクトに注目しているかなど、人を軸としたアクティビティが活発だ。GitHubは、従来のコードホスティングと違い、開発者という人と人が交流するソーシャルネットワークサイトの1種となっている。
かつてないほど協業がカジュアルにできるようになっているのもGitとGitHubの特徴だろう。例えば、ドキュメントに誤植を見つけた場合、それをたまたま見つけた人がブラウザ上で編集してしまうことができる。背後ではレポジトリをフォークして、編集差分を“pull request”として送信する処理が行われている。気軽にフォーク(リポジトリをコピー)して、そこにコミットし、それを送りつけるということが活発に行われていて、オープンソース開発のあり方すら変えつつあるように見える。
こうした“GitHub型協業モデル”は、ソースコードを生み出し、育てていくという用途以外への広がる可能性があるだろうか?
「それは不可避だと思います。今のところGitHubは開発者にフォーカスしていますが、将来的には、本などの著作物や、オフィス文書を作る人が使うようになるかもしれません。法律文書の作成でも、CADデータでも、基本的に diff (差分作成)と merge (差分の取り込み)が可能なデータであれば、ほとんどどんなファイル形式でもGitHubモデルが適用できるはずです。これは巨大な市場で、GitHub自身かどうかは別にして、それに近い何かが広まるでしょうね。自分の手元のコピーに対して、どんなに実験的でクレイジーな変更でも加えられ、それを他の人とシェアできる。受け取った側はそれを取り込むかどうか決める。これを繰り返す。このモデルこそが重要なのです」(チャコン氏)
「コードやドキュメントの編集が複数人で並行して進められるのがGitHubモデルであり、フローです。GitHubはコラボモデルを広めましたし、今後もっと広まるのは間違いないと思います。私はPro Gitという本を書きましたがGitHub上で30近い言語の翻訳のpull requestを受け取りました。これがベストなやり方ではないかもしれません。でも、古いやり方よりもずっとマシなやり方だと思います」
2012年8月、ドイツ連邦共和国基本法(憲法に当たるもの)をGitHub上のリポジトリにアップロードしたドイツ人開発者が話題となった(ニュース、リポジトリ)。法律関連文書は、各国ともこれまでオンラインで公開はしているが、変更点の追跡や、変更の提案、それに付随するディスカッションを行う場を提供するという意味では十分ではなかった。今のところ、GitHubに公的文書を置くというのは実験的試みに過ぎないが、ソースコード以外の管理や協業といった目的でもGitHubモデルが広がっていくのかもしれない。
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