オフショア大學の調べでは、2008年9月、米国投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻する前から、独自の商流を持たず、派遣や下請けに甘んじてきた中国のオフショア開発ベンダーは仕事量の減少に苦しんでいました。
しかし日本からのオフショア受注量が激減し、社内に時間の余裕が生まれた結果、皮肉にも既存チームの成熟度は着実に向上しました。なぜなら、金融危機以前の中国では激しい社内異動(要するにメンバー引き抜き)やリーダーの業務掛け持ちが横行していたのですが、業務量が減った結果、メンバーの長期固定化が実現されたからです。中国企業で同じメンバーが同じ業務を少なくとも1年半も継続するなど、好況時には全く信じられないことでした。
かつて、自転車操業的に仕事を回してきた一部のオフショア開発ベンダーは、既存顧客とともにコツコツと改善を繰り返す現場指向のベンダーよりもはるかに高収益を獲得していました。ところが景気が落ち込むと、こうした「もうかるからIT、楽だから派遣、次は不動産」といったような浮気性な経営陣が運営するベンダーは瞬く間に淘汰されていきました。
世界同時不況真っただ中だった2009年2月、筆者は「中国の人海戦術を支える初級プログラマーレベルへの教育はますます重視される」「マネジメント層にとっては、育成やトレーニングではなく、人材定着・維持が課題となる」と予想しました。手前味噌ながら、当時のこれらの予想は的中したと自負します。2008〜2009年の世界同時不況期、ベトナムも中国と同様の状況であったと推測されます。
2008年のリーマン・ショックから2年がたっても、日本企業は世界同時不況の後遺症に悩まされていました。しかし企業戦略の観点から、オフショア開発の重要性はますます高まっていきます。「仕事は増えないがコスト削減要求は高まる。ゆえに、オフショア開発をさらに活用しよう」という論理展開です。
一方、中国では総額4兆元にも及ぶ景気刺激策のかいあって、国際社会よりも一歩先に景気回復基調に乗りました。その代償として、中国国内では再びSEの人材流動性が高まってきました。2009年にはオフショア企業の転職者はほぼゼロの状態であったのに対し、2011年には「猫も杓子もオフショア開発」と称された時代と同じような、激しい人材流動水準に後戻りしてしまったのです。
ただし、オフショア開発現場は第二ステージともいえる新たな発展段階に達しました。当時のIT業界の流行語を応用して、筆者は「オフショア開発2.0」と呼んだこともあります。この段階で注目されて始めたのは以下の3つでした。
この3つのうち、最も日本企業に衝撃を与えるのは、何と言っても「オフショア保守運用」でしょう。前述の通り、2008〜2009年の世界同時不況期、中国ではSE人材流動がぴたりと止まったせいで、意外にも現場は成熟しました。1年半近く、じっくりと人材を育成できたため、従来では到底成し得なかったソフトウェア保守運用のオフショア委託が現実味を帯びてきたのです。ただ「3カ所以上での多拠点オフショア開発」と「オフショアアジャイル開発」には目立った進展はありませんでした。
参考リンク
2012年夏ごろから、再び「中国プラスワン」の動きが水面下で加速し、2013年に入ると脱中国の機運が急速に高まり始めました。直接的な原因は、やはり人件費の高騰と、尖閣問題に端を発する中国全土での激しい反日暴動です。さらに歴史的な円高水準から一変し、急激に円安人民元高に変動した為替相場も中国プラスワンの動きに拍車を掛けました。
こうした背景から、日本企業は中国に続く、第2、第3のオフショア委託国を模索し始めました。今のところ、前回の第一次「中国プラスワン」のような「中国の代替」ではなく、あくまでも「中国の補完先」を求めている点がポイントです。こうした中、多くの企業の関心を集め始めたのがミャンマーです(※)。
※ちなみに現在、世界で唯一、中国オフショア開発を「代替」し得るのはインドですが、本稿ではあえてインドの話題は扱いません。なぜなら、「低価格&日本語対応の中国」と「技術力&国際対応のインド」という認識で、既に棲み分けが進んでおり、これからも大きな役割分担は起きないと予想するからです。本連載では今多くの企業が求めている「中国より人件費が安い国・地域」にフォーカスして中国プラスワンの最新動向を解説します。
一方、ミャンマーブームと同時に、第二次ベトナムブームも静かに進行しています。誤解を恐れずに、あえて企業規模で分類するなら、この時期ミャンマーに着目するのは主に大企業、第二次ベトナムブームに着目するのは主に中小企業といった様子です。大企業にとって、情報が手に入りやすく身近な活用事例も豊富なベトナムオフショア開発は、今さら熱くなる存在ではないのです。一方、中小企業にとっては、そうしたベトナムは今も昔も魅力的なオフショア発注先の1つなのです。
以上の経緯について、より詳細を知りたい方は、以下の参考情報も併せてご参照ください。
年代 | 特徴 | 参考情報リンク |
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2000〜2003年 | 中国ブーム到来と一時的終焉 | ブリッジSEとは(筆者ホームページ) |
2004〜2007年 | あっという間に中国復活、ベトナムブーム到来 | ベトナムを徹底分析! 中国とどっちがいい?/円安と人件費高騰で35%の減益に苦しむ中国(@IT情報マネジメント) |
2008〜2009年 | 世界同時不況、オフショア人材流動が止まり現場は意外にも成熟 | 金融危機でオフショア開発は停滞するか?(@IT情報マネジメント) |
2010〜2012年 | オフショア開発は第2ステージへ | 「オフショア開発フォーラム2010 in 東京」次世代オフショア開発への転換〜Operation改善からGlobal最適化へ〜(オフショア大學) |
2013年〜 | 第二次「中国プラス・ワン」に後押しされるミャンマーブーム | 「DIR-ACE Technology Ltd.の設立について」(大和総研)/「ミャンマー子会社の営業開始について」(NTTデータ) |
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