何かと「縛り」だらけのスマートフォンの世界に、選択肢を提供してくれるユニークなメーカーが現れた。freetelでは「2年縛り」なしのスマートフォンを提供している。
六本木のミッドタウンにほど近いオートロック付きマンションの一室に、そのスマートフォンの「メーカー」はあった。
広さは70平米ほどだろうか、「メーカー」と呼ぶにはあまりにも不似合いな、1LDKのオフィス代わりの居室に入ると、島型に配置されたデスク群に数名のスタッフが向かっている。「いらっしゃいませ」の声を背に受けながら、部屋の一角に備えられたソファーに通され着座する。上質なフローリングがもたらす穏やかな空気感が場を支配している。
横浜在住の筆者にとって、携帯電話端末の「メーカー」のイメージは、横浜線の鴨居駅近くにある巨大な敷地を誇るパナソニックモバイルコミュニケーションズ(以下、PMC)の事業所のそれだ。ららぽーと横浜に出かけるたびに目に飛び込んでくる守衛が目を光らせるPMCの工場然とした大きな門と、今訪れている70平米のマンションとのギャップを脳内で処理することができずにいる筆者。そんな脳内の混沌(こんとん)を吹き飛ばすかのような、増田薫プラスワン・マーケティング代表取締役の明瞭な声が耳朶をくすぐるところから、今回の取材がスタートした。
「freetelのスマートフォンには、2年縛りはありません」と胸を張る増田氏。「縛られないスマホ」という言葉に、現在のキャリアの料金モデルを当たり前のものとして受け入れている自分にハタと気づく。
考えれば考えるほど、歪(いびつ)な料金モデルだ。7〜9万円といった高価なスマートフォンを2年割賦で販売する代わりに、ナントカ割やナントカサポートと称する端末の割り引きを設定することで、利用者を縛り付けている。
もちろんそれは強制ではないので、縛られたくなければ別の選択肢もあるのだが、約9万円するものが、割引を適用すれば「実質負担が2万円台まで下がります」などと提示されたら、「縛られるのも仕方ない」と思うのが人情だ。
おまけに、たとえ2年をかけて割賦代金を完済した後も、更新月以外に解約すると約1万円の違約金を請求されるという、生理的に受け入れがたいルールもある。「1億総呪縛」状態で、事実上利用者に選択肢はないに等しい。必要以上に高額に設定した製品を「お安くしまっせ〜」などというマッチポンプのような状況に、「端末の上代価格をもっと割り引けよ、パケット定額料金下げろよ〜」と叫んでみたところで現実は変わらない。
そんな歪な日本の携帯電話ビジネスに真っ向から立ち向かうのが、安価なスマートフォン「freetel」を販売するプラスワン・マーケティングの増田氏だ。freetel「FT132A」は、SIMロックフリーなので、利用者は、別途日本通信やIIJといったMVNOが提供するSIMカードを契約して利用する。
SIMカードの回線契約には基本的には縛りはないので、一部の例外を除いて違約金はなし。つまり、パソコンでインターネットを利用する場合と同様、端末、回線(ネット接続)の各レイヤーが分離され、利用者が回線を自由に選べる。事業者の呪縛から解き放たれたスマートフォンがついに登場したのだ。
「いやいや、AppleだってSIMロックフリーのiPhoneを販売しているではないか」という突っ込みも入るだろう。しかし、こちらは6万800円(iPhone5c 16GB)と高い。freetelのFT132Aは1万2800円だ。
もちろんその分、3.5インチ画面、200万画素カメラ、LTE非対応と、時計の針を2〜3世代分巻き戻したかのようなスペックを受け入れなくてはならない。
だが、スマートフォンを買い求める人全てがハイエンドを求めているわけではない。実際、筆者の周りには、2世代前のiPhone4Sを何の不満もなく使っている利用者がたくさんいる。
彼らにはそれで十分なのだ。FT132Aの中身はそのまんまAndroid端末(Android 4.1搭載)なので、当たり前だが、LINEだってちゃんとできる。GooglePLayからアプリをダウンロードして楽しむこともできる。もちろん音声通話(音声対応SIMを利用の場合)もできれば、メールもできる。
それに、安売りスマートフォンだからといって、手に持った感触や全体的な操作感において、中華系端末にありがちなチープでみすぼらしい印象はない。しっかりと作り込んである。性能を割り切れば、1万2800円でAndroidスマートフォンを堪能できる。
うれしいではないか。freetelの登場で「選べる」という状況がもたらされたのだ。iPhoneやXperiaのようなハイエンドマシンが欲しければ、従来通りキャリアの販売店の門を叩けばよい。一方、カメラが200万画素で通信速度が150Kbpsでも、LINEとメールができればOKというなら、freetelはベストな選択肢だ。増田氏は、「キャリアが2年縛りの料金モデルを続けているうちは、安売りSIMロックフリースマホの魅力が生きてくる」とほくそ笑む。
ちなみに「今すぐモバイルコストを3分の1に」といううたい文句で、安価なスマートフォンとして話題をさらったfreebit mobileだが、こちらは、きっちり2年の縛りが設けられている。福岡天神に直営店舗を運営するなど、その動き方は、プチキャリアを見ているようだ。
2〜3世代前のスペックとはいえ、どうやって端末代1万2800円を実現したのだろうか。そして、マンションの一室に居を構える弱小「メーカー」になぜそれができたのだろうか。
いわゆる「ファブレス」というビジネスモデルになるのだろうが、携帯電話端末の製造は、無線という高度な技術や専門性が要求される分野だ。それに、販売した後もユーザーサポートはもちろん、接続性の検証やファームウェアのアップデートなど継続的なフォローが要求される。
そんな筆者の心配を見透かしたように、増田氏は「小さな会社だが携帯電話端末を製造・販売するメーカーとしての機能は全て備えている」と、メーカーの役割を大きく4つに分けて教えてくれた。
端末のコンセプトを決め、デザインや色を考えているその様子は、同社のブログ記事「製作秘話 デザイン編」で公開されている。“自分たちのスマートフォンを作ろう!”という熱気が行間から放射され、とても楽しそうだ。「ファブレス」ではあるが、ものづくりの熱気がヒシヒシと伝わる。
端末のコンセプトが固まったら、中国の工場と共同で開発を行う。今回、基板などの技術面をサポートしたのは、携帯電話向けベースバンドチップ製造で有名な中国の企業、展訊通信(スプレッドトラム・コミュニケーションズ)だ。freetelのようなベンチャー系メーカーの設計・製造をサポートしている。
設計・製造と並んで大切なのは、技術基準適合認定(通称“技適”)の取得。これは、端末が電気通信事業法令の技術基準に適合しているかどうか調べる試験。技適は、日本のドメスティックなルールなのだが、日本向け端末を製造する中国の企業も認可のためのノウハウを持っている。だからこそ、プラスワン・マーケティングのような技術的なバックグランドを持たない会社でも技適にパスする「ちゃんとした」スマートフォンを作ることができるのだ。
法律の規制緩和もベンチャーを後押しする。技適は、相互認定を認めた日本の法律の下、海外の機関でも取得が可能なのだ。そのため、混雑して時間のかかる日本の認定機関と違い、スピーディな取得が可能だという。だからこそ、「企画と開発の期間を含めても45日で製品が完成」(増田氏)という“爆速”の製品化が可能になっている。技適にパスしたら、端末の製造も中国の工場で行われる。それを日本に輸入して量販店やWebサイトなどで販売する。
サポート業務もメーカーとして忘れてはならない大切な機能だ。プラスワン・マーケティングでは、メールによる問い合わせだけでなく、電話サポートを実施している。現在は、サポート業務をアウトソーシングしているが、増田氏によると「4月からの予定で、サポート業務を社内で実施する」という。
「マニュアルに頼った通り一辺倒なサポートはしたくない。サポートを“コスト”として考えないで自社ユーザーとのコミュニケーションの一環と捉え、マーケティングのつもりで丁寧に対応したい」とも。
いくら安売りスマホとはいえ、サポート体制に不備があると事業継続もおぼつかない。日本という市場はそういうところなのだろう。
その心意気は、freetelの設定メニューにも見ることができる。主立ったMVNOが販売するSIMに対応するAPN(Access Point Name)設定があらかじめ用意されている。「SIMロックフリーだから当たり前」と言ってしまえばそれまでだが、こういうちょっとした心配りが利用者の好感度を上げ、サポートの手間を減らす。
端末が出荷された後も、バグフィックスやネットワーク接続の検証も怠らない。スプレッドトラム・コミュニケーションズの技術者2名が同社に常駐し、日々、接続試験などを行っている。滞在期間は、通算7カ月にも上るという。スプレッドトラムに対し一定数の端末発注をコミットしているからこその厚遇か。
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