IBMがPaaSサービスを展開する、とひと言で表現したとしても、その真意は分かりにくいかもしれない。IBMが目指す世界は、ただスタートアップ企業が採用するような環境を提供する、ということではない。もちろん、そうした利用方法に対しても門戸を閉じているわけではないが、メインフレーム環境であるSystem Zを展開するIBMが、いまPaaSを提供する意図は、こうした一見レガシーに見える企業資産を含む環境に対して、モバイルやソーシャル、コンシューマー指向、企業横断的な連携などのモダンさを、最小のリスクで提供することにある。
これらの機能をPureSystemsが提供する「パターン」やPaaS「BlueMix」のパーツとして提供することで、開発やテストのプロセスそのものを短縮し、パブリッククラウド、プライベートクラウド、オンプレミス環境を有機的に統合したDevOps実行環境そのものを、エンタープライズITの領域に提供する。
こうした取り組みによって、レガシーなエンタープライズITを「Systems of Engagement」の世界に安全かつ柔軟に拡張させようというものだ。
同日行われたプレスカンファレンスでは、IBM RationalチームのゼネラルマネージャーであるKristof Kloeckner氏は次のようなコメントをしている。
「クラウドは、標準化を推し進めるドライバーになりつつある。共通化、標準化を進めることでクラウドとの連動性は高まる。BlueMixはDevOpsを推進するためのものといってよいだろう。率直に言ってDevOpsを実行するための環境を整備し、計画するのは面倒なプロセスだが、オンプレミスでRationalが培ってきた技術とコンポーネントをBlueMix環境に移植して展開することもできる」
既に米国では、BlueMix環境を採用したユーザー事例が登場している。レガシーシステムと連携したモバイルアプリケーションのバックエンドとしての利用や、複雑なソフトウェア開発のステータスや情報共有を企業の枠組みを超えて共有する、といったものだ。
同イベント基調講演では複数企業のエンタープライズシステムにおけるDevOps実施事例の発表があった。例えば、サンフランシスコの鉄道会社であるBARTの場合、運行管理システムのモバイルアプリケーション環境にBlueMixを採用している。運行情報そのものは、メインフレーム環境に置かれているが、メインフレームの中に閉じていたデータをBlueMixおよびクラウド環境と連携させることで、ユーザビリティの高い現代的なアプリケーションを開発している。
「6カ月かかっていたアプリケーション開発が、BlueMix環境を利用することで、ビルド、テスト、デプロイをたった15日にまで短縮できた」(BART CIO Ravindra Misra氏)
メインフレームとのデータ連携についてもセキュアなサービスがあらかじめ用意されていることから、開発からデプロイまでの期間も非常に短期間で行われた成功事例といえる。
自動車部品メーカー大手Robert Bosch GmbH(以下、Bosch)のクロスディビジョングループ シニアプロジェクトマネージャーであるNico Maldener氏は、現在開発中である自動車の自動運転技術とソフトウェアコードの信頼性についてのスピーチを行った。
車両に搭載する半導体などの技術進化により、車載機器の制御ソフトウェアは非常にリッチなものになりつつある。Maldener氏によると、自動車全体に搭載されるソフトウェアのソースコードは実に1億行にも上るという。
「自動運転が人や社会全体に信頼されるために必要なことは、ソフトウェアそのものや、多様な調達先から集められる情報そのものが信用できると証明すること。サプライヤーを含む約1万人のエンジニアをIBMが提供する開発環境下でコラボレーションさせる決定をしたのは、品質を適切に保証する体制を構築するためだ」(Maldener氏)
BoschがIBM Rational製品ファミリーによる開発を選択した、との発表は2014年5月に行われていたものだ。
自動車業界は航空宇宙業界同様、高い安全性と信頼性を求められる。何層にも連なるサプライチェーン全体で、ソフトウェアの仕様やコード、要件定義のドキュメントそのものへのトレーサビリティを確保する体制作りが調達の大前提となりつつある。
組み込み業界の昔話として「納品したら仕様書のバージョンが数世代古かったので徹夜で作り直す」という悲しい話があったが、現在の複雑かつ大規模なエンジニアリングでは、こうした事態の発生は既に許されない状況になっている。BoschがIBMのツールやコラボレーション環境を整備し「継続的エンジニアリング」を直列で実行できるようになったと発表した背景には、こうした理由がある。
基調講演ではこの他にも、GEキャピタルにおけるハイブリッドクラウド環境での「パターン」の活用や仕様のコード化などによるアプリケーション開発サイクル短縮の事例などが登場した。いずれもエンタープライズの領域で継続的エンジニアリングを実施するプロセスを採用して、機動的で、かつ高い品質のアウトプットを短期間で実現したものである。
これらについては追って紹介する予定だ。
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