2015年6月17日、スタートアップ向けコンテスト「MVP Award」の表彰式イベントが行われた。本稿では、その模様をリポートしよう。
2015年6月17日、スタートアップ向けコンテスト「MVP Award」の表彰式イベントが行われた。MVPアワードは、SBメディアホールディングスとギルドワークスが共催して、MVP(Minimum Viable Product)を募集するというもの。コンテストの詳細は、記事「DevLove市谷氏・上野氏がギルドワークスとMVP Awardに込めた想い:実用可能な最小限の範囲でのプロダクトMVPとは何か? なぜスタートアップの評価対象となるのか?」を参照してほしい。
約3カ月の募集の結果、34のMVPが応募された。その中から、5組が最終審査のプレゼンターとして登壇。うち3組が表彰された。本稿では、その模様をリポートしよう。
最初の登壇者は、@ITの連載「ズルいデザイン」でもおなじみの赤塚妙子氏とエンジニアの深谷篤生氏。二人が運営する会社でも実際に使っているという情報共有Webサービス、「楽しくチームで情報を育てるための、さまざまな仕組み」である「esa」(Expertise Sharing Archives for motivated teams.)を紹介した。
共有する情報のタイプは二種類。一つは「思いついたアイデア」や「もやもや考えていること」などフロー型の情報。もう一つは、プロジェクト・部署ごとに存在するルーチン作業や各種ルール、業務知識などを文書化したWiki的なストック型情報だ。最初は会社で使っていたが、今では家族の情報共有にも使っている。
特徴は、「書いている途中でもどんどん情報共有してもらいたい」との考えから、書いている途中でその内容を保存できる「WORK IN PROGRESS」(作業中という意味。以下、WIP)という機能を実装していること。ただ、「書いている途中」ということはアイデアの成熟過程である以上、「ぬるい」情報といえる。
そこでWIPの情報は更新通知を発信しない仕組みとしているが、自由に共有可能とすることで、「生煮えのアイデアを早い段階から共有してチームメンバー間で熟成していける“自律分散的なチーム”の確立を目指せる」のだという。チーム開発のためのツールだが、マークダウンが使えて情報を整理しやすいことから、Evernoteなどの代替として、メモ整理用途で利用するユーザーも多いそうだ。
今後は「Wikiを凌駕する可能性を追求していきたい」という。具体的には、チェックボックスを作れるようにすることでタスクリストとして使ってもらい、作業が終わったらチェックを付けていくようなユーザーインターフェースを考えている。また、APIを公開することで記事を外部公開する仕組みを強化し、「ブログ感覚で使える機能も実装したい」とのこと。
このesaにはMVP Awardから「テーマ賞」が贈られ、赤塚氏、深谷氏は副賞の30万円を獲得した。
深谷氏は、「ツイッターを見るような楽しい感覚でesaを使ってほしい。楽しさを大事にしており、自分でも気持ちよく使いながら作っている。今後は情報を整理する仕組みをさらに強化していきたい」と語った。「esa」の「MVP Award」向け講演資料は、下記で確認できる。
続いて登壇したのは「おばかアプリ選手権」でも常連の谷口直嗣氏だ。CTスキャンデータから3Dデータを生成する仕組みである「VR Anatomic」をプレゼンした。
既存の外科手術用教材は、紙媒体であるが故の課題をいくつか抱えている。例えば立体感が出せないこと。また、人それぞれ見た目が違うように骨や血管にも違いがあるが、そうした細かな違いまで表現するには紙面の制限がある。一つの病気についてさまざまな症状を網羅したり、同じ症状で個人間の違いを比ベたりすることも難しい。同様に、3D模型にも物理的な制限がある。多数の模型を見比ベることはできないし一体一体の価格も高めだ。VR Anatomicはこうした課題を解決するものとして開発したという。
一つの特徴は、「スマートフォンで持ち運ベる便利な3Dデータ」であること。「医療現場で使う教材としてだけではなく、患者に対する手術の事前説明資料としても活用してもらいたい」という。「Oculus Rift」やスマートフォン+「Google Cardboard」などのVRヘッドセットを活用して3Dで見ることもできる。初めて触る人でも問題なく操作できるという。
VR Anatomicの活用現場を増やすため、医師の杉本真樹氏を開発パートナーに迎え、事業としてのスケーラビリティも検討している。例えば、ベースとなるVRコンテンツを流用した他言語化展開の他、ネットワーク経由でCTデータをアップロードしたり、サーバー側で3Dモデル生成エンジンを動かしてスマートフォンで閲覧したりする案も検討。これにさまざまな症例の検索機能を追加すれば「VRコンテンツのSaaS化」も実現可能だという。データの拡充についても、データ生成に関する基準を設け、専門家によるクラウドソーシングを実現する方法が考えられるという。
谷口氏は、「日本にはCTスキャンの機器がたくさんあるので、日本X線CT専門技師認定機構に活用してもらえれば可能性はさらに広がる」とコメント。また、「病院でMRIやCTスキャンによる検査を受けたら、自分の身体の内部を3Dで見られるサービスを実現する可能性も考えられる。導入コストについても、例えば診察の一つのオプションとして別料金で選べるようにするなど、償却する手立てはいくらでもあると考えている。VRで身体の中を見ることには確実にニーズがあると思う」と述べた。
VR Anatomicには、MVP Awardから優秀賞と副賞の50万円が贈られた。
ヒグチマサキ氏は「vacaily walker」と銘打ったプロジェクトで、現在、東京の各所を撮影中だ。なんと自作のカメラマウントを利用した「自らの歩行による撮影」で360度版のGoogleマップと、それを共有するSNSの作成を目指し、動画かストリートビューの好きな方を閲覧できるよう開発を進めている。開発は一人で行っているという。
「街や店の情報など、場所に基づいたサービスやプラットフォームはすでに存在している。しかし情報の一覧性や共有のしやすさ、位置情報精度、分かりやすさに欠け、使いにくい面があった。vacaily walkerは360度対応動画、地図、タイムラインを一つの画面に配置、連動させることで、情報を一覧・共有しやすいバランスの良い内容に仕上げていく」(ヒグチ氏)
写真やメールなどに位置情報を付加する「ジオタギング」された情報の活用が見込まれる中、Oculus RiftやHoloLensといったVR/AR機器に対応したアプリも出していきたい考え。また、高精度な測位環境をさまざまなサービスにつなげていくことを目指す国土交通省のプロジェクト「高精度測位社会実証」など、空間情報インフラ構築への取り組みにも関わっていきたいという。
「インフラがあってもコンテンツ情報がなければユーザーに使ってもらえない。しかしvacaily walkerなら、これらに使えるジオタギングされた情報を、特殊な機器を用いずに、どこからでもWebブラウザー経由で入力できるようになる」(ヒグチ氏)
現在、ヒグチ氏は1つの街を1週間〜1カ月間で収録している。同じ道を往路と復路で両側撮影しなくてはならないため、表参道のように車道の両側に歩道がある場合、4往復して撮影しているというからすごい。「表参道では片道2キロを8分かけて撮影したので、動画を見るとぐらついているのが分かった」そうだ。原宿は1週間で撮影できたが、銀座のような網の目に道路がある場所は1カ月かかりそうとのこと。
「東京の有名な街のデータがそろったときにビジネスの検討を始める。まだ行ったことはないがこれから行きたいという場所にチェックインできる機能を実装していて、位置情報が当たり前に浮いている世界を実現するのが目標だ。iOS/Androidアプリの開発も目指している」(ヒグチ氏)
家庭科部出身の“手芸男子”、大野拓海氏が発表したのは、ハンドメイド(手芸やアクセサリー作り)のアイデアを共有するWebサービス/スマホアプリ、「Craful(クラフル)」だ。ハンドメイド作品を「売り買い」するマーケットが数多くある今、ハンドメイド作品を「作る」プラットフォームに対するニーズもあるのではないかと考えたのが開発のきっかけになったという。
「100円ショップの業界2位、セリアがハンドメイドコーナーを設けて業績を上げたり、『日本ホビーショー』に12万9239人が参加したりと、今、ハンドメイドブームが盛り上がっている。しかし既存のWebサービスには、ハンドメイドを趣味とするユーザー同士の交流の場がほとんどなかった。また、いざハンドメイド作品を作ろうと思っても、作り方を検索するのに時間がかかるし、材料をどこで買えばいいか分からないことも多い。自分の作品を評価してもらえたり、さまざまな情報が集まったりするプラットフォームにしていきたい」(大野氏)
海外にはベンチマークとして参考にしているWebサービスがあるという。編み物をテーマにしたCGM型メディア「Ravelry」、クラフトを中心にした動画講座サービス「Craftsy」などだ。前者は会員数530万人、月間PVは600万PV。後者は会員数500万人、月間PVは530万PVを誇る。
「国内でもハンドメイドクリエイター数は約1000万人といわれている。ハンドメイド分野は巨大な成長市場だ。目指す世界観は『ニコニコ動画』『pixiv』『クックパッド』などユーザーと共創できるサービス。ハンドメイドは、一度習慣化してしまえば継続的な趣味となり、プラットフォーム化しやすいはずだ」
目標は2020年までに450万人まで会員を増やすこと。今後は「まつりぬい」など、実際にやってみると難しいハウツーを動画で説明したり、動画と文字を投稿したりする技術的な仕組みを作るという。ビジネスモデルも材料販売店からの広告モデル、ユーザー課金モデルなどいろいろと模索していく考えだ。
なお、CrafulにはMVP Awardから最優秀賞が贈られ、100万円が授与された。
最後にプレゼンしたのは、ひとひねりの河内純也氏。「年収ダウン休日アップ時代の旅探しメディア『Hobo』」を紹介した。
友達をフォローすると、「宿」に対するその友達のレビューが流れてきて、「行きたい宿」として保存しておける。今後は「趣味が合う親しい友人が『泊まりたい』と言っている、『友人が泊まるなら自分も泊まりたい』といったニーズを喚起するような宿検索サービスとし、宿のオーナーからも宿で開催するイベント情報などを入手できるようにしていきたい」という。
「目指したのは、Wantedlyの宿探し版。これからワークシェアの時代が到来し、暇は増えるけどインカムは増えないという時代がやってくる。一泊3000〜7000円といったリーズナブルな料金で、長期滞在できるゲストハウスをメインターゲットとし、オプションで宿泊予約までできるようにしていく」(河内氏)
リーズナブルかつ新しい文化・価値観を発信するホテルや宿も増えているという。例えば東京都なら目黒の「クラスカ」、蔵前の「nui.」、檜原村の「へんぼりどう」などだ。河内氏によると「若者がどんどん地方に出てゲストハウスを開業している」そうだ。
河内氏は、「この夏からゲストハウスにどんどん登録してもらえるように開発を進めている。ユーザーがもたらす情報のストリームの中から泊まりたい場所を自然と作っていけるようなサービスにしていきたい」と語った。
今回、審査員を務めたSBメディアホールディングス代表取締役の土橋康成氏は、「最終選考ではそれぞれジャンルが異なるサービスの戦いになったが、スマホ時代のメディアとして、自ら設定したテーマに沿っているか、市場が伸びているか、マーケティング的に検証しているか、技術的にもOKかといった軸で採点した」と解説。
受賞者らも「VR Anatomicは技術的な面白さと今後の広がり、可能性に期待して賞をいただけたのだと思う。期待に応えていきたい」(谷口氏)、「賞を励みに開発をさらに拡大していきたい」(深谷氏、赤塚氏)、「プラットフォームを作っていきたいという熱意が伝わったのだと思う。世界で一番楽しい製作の場所にしていきたい」(大野氏)と喜びの声をコメント。受賞者らはギルドワークスおよびSBメディアホールディングスから支援を受け、MVPをビジネスにしていくことになる。
MVP Awardを運営したギルドワークスの市谷氏は、「このアワードはまだスタートラインに立ったばかり。今後も第2回、3回と着実に回を重ねていきたい」と表彰式を締めくくった。
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