では、IoTのサービス開発には、具体的にどのような開発基盤が求められるのか。鈴木氏は、構成要素を機能別に4つに分け、それぞれでポイントを押さえた取り組みを進めることが重要だと指摘する。
4つの機能領域とは、デバイス&ネットワーク、プラットフォーム、アプリケーション&ソリューション、インダストリートランスフォーメーションのことだ。
デバイス&ネットワークはセンサーなどを使ってデータを収集する機能を担う。それらを加工したり分析したりするのがプラットフォームだ。また、アプリケーション&ソリューションではエンドユーザーに対するサービスを具体的に展開するという機能を担う。最後のインダストリートランスフォーメーションは、ビジネスモデルの策定までをカバーする。
鈴木氏はまず、デバイス&ネットワークのポイントについて、こう話す。
「どのセンサーを使うか、どのデバイスを使うかなど、初めから利用する技術を決めつけないことです。センサーやデバイスの技術は日進月歩であり、『3年後を見越してこの技術を採用する』といった決断をすることはほぼ不可能です。新しい技術が生まれたらすぐに入れ替えられるようにデバイスを選択していく姿勢が望まれます。
一方、ネットワークは要件によって変わってきます。ポイントとしては、データを集めるゲートウェイより上のネットワークプロトコルだけは共通にしておくということです。デバイスと違って、プロトコルは10年後も使い続ける可能性があります。時間軸に対して耐性を持ち、業界標準になりつつあるという点で、MQTTをお勧めしています」(鈴木氏)
プラットフォームについてのポイントは、データのリアルタイム性を意識したシステム作りだという。センサーから収集されるデータ頻度はリアルタイム性が高く、蓄積したものをあらためて分析するのでは間に合わない。蓄積したデータ自体はほとんど意味がないというケースも多い。
例えば、心音や体温を計測するサービスで、デバイスから信号データを大量に収集しても、それだけでは意味をなさない。過去の傾向から見て、心音に変化があった場合だけ、データは意味を持つことになる。そのため、収集したタイミングで逐一分析し、データの意味を見いだしていくことが重要になってくる。
「システム的には、データを収集するためのIoTハブを作り、それらをNoSQLデータベースなどを活用しつつリアルタイムに分析して、データの意味を見いだしていくことになります」(鈴木氏)
アプリケーション&ソリューションでポイントになるのも、このリアルタイム性への対応だ。従来のアプリケーションは、バックエンドのデータベースに蓄積したデータを使ってアプリケーションに表示するという作り方だった。だが、IoTサービスでは、従来バックエンド側で生成していた知見を、アプリケーションを利用するその場で生成する必要が出てくる。例えば、店舗に近づいた見込み客のうち、一定の条件を持つ顧客だけに特定の商品をレコメンドするといったケースだ。
「リアムタイムにトリガーをチェックし、アプリケーションに反映させる必要があります。従来はロジックを組んで画面に表示するというアプリケーションの作り方をしていました。データに対するアプリケーションの作り方が、これまでと逆なのです」(鈴木氏)
このアプリケーションの作り方が逆になったという点は、現実のアプリケーション開発の場でもすでに見られているという。IBMと協力してソリューション開発を行っているJENAでは、アプリケーションを開発する際に、画面やユーザー体験(UX)の設計をまず行い、ロジックを後回しにして開発する手法を採用しているという。
「例えば、健康管理アプリケーションにはどんな画面が必要かをまず決め、後からそのロジックを追加します。プライオリティがUXにあり、UXに影響が出ないものは開発の優先度を下げたり、既存のものを再利用したりして、開発効率を高めています。プログラミングを伴うようなコーディング作業も、ビジュアル開発を取り入れて効率化しています。そうした開発手法を採ることで、建設的な失敗を行いやすくなるというメリットがあります」(鈴木氏)
環境やユーザー体験の変化に合わせて、容易にアプリケーションを作り変えるためには、アプリケーション&ソリューションの層だけでは難しい。そこでプラットフォームの層で、ユーザー体験に大きな影響を与えない機能のほとんど全てを受け持つことが必要になるという。
具体的には、データの連携、データの収集・加工、データの分析、デバイスの管理、セキュリティやリスクの管理といった機能が必要になる。
「データが生成されたそばから意味を見いだしていくといった作業をプラットフォーム側で受け持つことで、開発者はユーザー価値の最大化という本来の業務に集中できるようになります。プラットフォームを活用することで、建設的な失敗と継続的な改善が可能になると考えています」(鈴木氏)
鈴木氏の考え方は、IBMのソリューション体系にも反映されているものだが、IoT実践の参考情報としては非常に有益といえるのではないだろうか。
鈴木氏は、IoTの取り組みを進める上では、システムの実装以上に、アイデアを形にするための試行錯誤が重要だとし、取り組みの第一歩として、次のようにアドバイスする。「ビジネスの現場はいろいろなアイデアを持っています。まずは、現場にセンサーやデバイスを渡して、アイデアを出し、形にしていく。ITをどう実装するかはその次の話です。もちろん、デバイスをばらまいても何にもなりません。現場で試行錯誤することがカギです。現場とIT、経営が一緒になって取り組みを進めてほしいと思います」
今、IoT(Internet of Things)が世界を大きく変えようとしている。企業は現実世界から大量データを収集・分析して製品・サービスの開発/改善につなげ、社会インフラはあらゆる予兆を検知してプロアクティブに対策を打つ。だが、IoTはドライバーにもリスクにもなり得る。データの収集力、分析力、そして価値あるアクションに落とし込む力次第で、チャンスをモノにもできれば奪われもするためだ。企業・社会はこの流れをどう受けとめるべきか?――本特集ではIoTの意義から、実践ノウハウ、不可欠なテクノロジまでを網羅。経営層からエンジニアまで知っておくべき「IoT時代に勝ち残る術」を明らかにする。
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