2015年、@ITはサイトオープン15周年を迎えた。この15年で、ビジネスコミュニケーションをめぐる状況はどのように変化してきたのか。また、これからどのように発展しようとしているのだろうか。サイボウズ代表取締役社長 青野慶久氏に話を聞いた。
国や企業を含む社会全体で多様な働き方が求められている今、ビジネスの現場は「ダイバーシティー」を実現する方向に急速に舵を切ろうとしている。そうした変化をサポートすると期待される「コミュニケーションツール」は、これまでビジネスの現場でどのような役割を担い、これからどのように進化しようとしているのだろうか?
本稿では、@IT 15周年企画の一環として、18年にわたってグループウェア事業を手掛けてきたサイボウズの代表取締役社長 青野慶久氏に、この15年におけるビジネスコミュニケーションの変化と今後の展望について聞いた。
編集部 企業のビジネス現場におけるコミュニケーションは、この15年でどのように変化したとお考えですか?
青野氏 ビジネスでのコミュニケーションのやり方は、残念ながら15年前とあまり変わっていないというのが正直な印象です。ビジネスの現場では、今でも、電子メールにExcelファイルを添付して情報のやりとりを行っているところがほとんどで、大きな変化は見られません。変わったといえるのはせいぜい送受信するデータの量が多くなったということぐらいではないでしょうか。
編集部 ビジネスの現場におけるコミュニケーション改革はなぜ進まなかったのでしょうか?
青野氏 ツールだけが進化しても、それを使う人間の側が変化しなければ、現場のコミュニケーションの仕方も変化することはありません。残念ながら、ツールの進化に現場の人間が追い付いていないのが現状だといえます。
編集部 消費者向けツールの世界では、この15年の間にコミュニケーション技術は劇的に変化したように見えますが?
青野氏 はい。確かに、消費者向けのコミュニケーションツールについては、著しく進化したと考えています。この15年の間に、ブログをはじめ、TwitterやFacebook、mixiといったSNS、さらにLINEなど、消費者が楽しむことができるさまざまなツールが登場し、消費者のコミュニケーションに大きな変革をもたらしました。
しかし、ビジネスのコミュニケーションは楽しいだけで変わるものではありません。現場の組織でコミュニケーションの方法を変えるには、業務も変えなくてはなりませんし、その変革の痛みも含めて受け入れる必要があるからです。
編集部 スマートフォンの普及も急速に進みましたが、やはりビジネス現場のコミュニケーションにはそれほど影響を与えていないのでしょうか?
青野氏 スマートフォンも急速に普及し、個人のコミュニケーションには大きな影響を与えましたが、残念ながらまだビジネス現場のコミュニケーションに影響を与えるところまでは来ていません。最近は小売店舗などでタブレット端末を使用している例もチラホラ見られるようになってきましたが、本格的な活用はまだこれからだと考えています。
編集部 ビジネスの現場では、現在どのようなコミュニケーションスキルが求められているとお考えですか?
青野氏 求められるスキルは大きく変化してきていると思います。私が社会人になった20年ほど前は、フェース・トゥ・フェースで人と話をしたり、仕事後の飲み会で人脈を広げたり、人心を掌握したりすることがスキルとして重視されていました。しかし、育児や介護と向き合いながら仕事をするのが当然になった現在、そうしたスキルはむしろ時代遅れなものになっています。今求められているのは、場所や時間を超えて効率的に仕事をするための新しいコミュニケーションスキルであり、マネジメントスキルだといえます。
編集部 具体的には、どのようなスキルが求められているのでしょうか?
青野氏 ベースとして必要になるのは、「正確に文章を書く」スキルだと思っています。今日あったことを正しくコンパクトに伝えること、事実の部分と自分が解釈した部分をうまく切り分けながら伝えることが求められています。しかし、これは決して簡単なことではありません。先ほど紹介した古いマネジメントスキルをよりどころにして仕事に取り組んできた人は、実は正確に文章を書くのが得意でないことが多いのです。
編集部 話すスキルについてはいかがですか?
青野氏 話すスキルについても求められる要件が大きく変わってきていると思います。かつては、大勢の人に対して大きな声でスピーカーのように一斉に伝えることが求められていましたが、今では、さまざま個性と能力を持つ人に対して、一人一人丁寧にパーソナライズして話す能力が求められるようになってきています。
編集部 新しいスキルが求められている背景には、どのような社会環境の変化があるのでしょうか?
青野氏 ビジネスの現場で働く人々が一様ではなくなっているという変化があると思います。かつて大企業では、ほとんどの社員が新卒入社で、総合職は大学卒の男性、一般職は短大卒の女性というのが一般的でした。そして、男性の総合職社員は、入社したら全員が寮に入って、40歳になったらほぼ全員が課長になり、60歳で定年退職するというのが定番のコースでした。これは、一様な人材育成によって同程度の人材の品質を担保しようという古い人事戦略の考え方に基づくものでした。
しかし、今では中途採用は当たり前になりつつありますし、性別や人種はもちろん、年齢や学歴の違いを乗り越えて多様な人材を活用する「ダイバーシティー」が新しい人事戦略の考え方として受け入れられようとしています。
編集部 ダイバーシティーを取り入れた組織では、どのようにすれば仕事の効率化を図れるとお考えですか?
青野氏 ダイバーシティーを取り入れた組織で仕事の効率化を図るためには、多様な社員の仕事を「見える化」し、仕事を共有する文化を確立しなければなりません。そのためにはコミュニケーションツールを積極的に活用し、仕事の見える化を実現する必要があります。
これまでのような画一化された組織の場合、特定の社員が人脈やナレッジを独占し、仕事を共有しなかったとしても、組織はそれなりのメリットを得ることが可能で、大きな問題は顕在化しませんでした。しかし、多様な人材が活発に活動する組織では、仕事を共有することによって仕事の効率を高めることが求められます。
編集部 今後、ビジネス現場でコミュニケーションツールの活用は進んでいくとお考えですか?
青野氏 私たちは18年にわたってグループウェア事業に取り組んできましたが、グループウェア製品は、これまで大きくブレークすることもなく、普及するのにとても長い時間がかかりました。テレビなどの消費者向けの製品は5年から10年で普及が進むといわれていますが、グループウェアは消費者が個人的に楽しむ製品とは異なり、仕事の効率化を支援するものですので、普及は簡単には進みません。
働き方は組織全体で合意を形成しながら変えていく必要がありますが、全社レベルで仕事を変えていこうとする意識が高まってくれば、グループウェアの普及も急速に進んでいくのではないでしょうか。
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