金融とITの融合によって多様で革新的な金融サービスを生み出す原動力になると期待されるFinTech。FinTechは日本の金融システムに何をもたらそうとしているのか? 1月20日に開催された「BINET倶楽部セミナー」では、日本総合研究所の副理事長で金融審議会の臨時委員を務める翁百合氏が「FinTechの現状と日本の金融システム」と題して講演を行った。
「Finance(金融)」と「Technology(技術)」を足した造語である「FinTech」。その旗印の下、IT技術によって金融に関わるさまざまな業務や処理を利便化し、ビジネスの拡大を図る動きが国内金融業界から大きな注目を浴びている。大手銀行からスタートアップまで「FinTech」という言葉を用い、新しいビジネスを展開するニュースが相次いでいる。言葉が氾濫する一方で、必要な技術について理解し、どのように生かすべきか戦略を立てられている企業は、まだ多くないのではないだろうか。本特集では金融業界がFinTechでビジネスを拡大するために必要な技術要件を浮き彫りにし、一つ一つ解説していく。
FinTechは日本の金融システムに何をもたらそうとしているのか? 「FinTech」をテーマに2016年1月20日に開催された「BINET倶楽部セミナー」では、日本総合研究所の副理事長で金融審議会の臨時委員を務める翁百合氏が「FinTechの現状と日本の金融システム」と題して講演を行った。本稿では、同氏の講演のエッセンスをお届けする。
金融とITの融合によって多様で革新的な金融サービスを生み出す原動力になると期待されるFinTech。米国では既に、1000社以上の多様なベンチャー企業がFinTechサービスの提供に向けてしのぎを削っている。欧州においても、英国が官民を挙げてFinTechをサポートする取り組みを推進するなど、世界中の多くの企業がFinTechサービスの提供を始めている。日本でも2015年になってFinTechがマスコミに大きく取り上げられたのをきっかけに、その動向に注目が集まり始めている。
このようにFinTechビジネスが世界規模で急拡大している背景には、どのような要因があるのだろうか。翁氏は、その背景について、ITの技術革新と金融機関のサービス提供形態の変化があると分析する。
IT側の変化は、言うまでもなく、1990年代以降のインターネットの世界的な普及と2000年代以降のスマートフォンの急速な普及である。翁氏は、「インターネットとスマートフォンの普及に、クラウドコンピューティングの普及やデータの処理能力の向上などの効果が融合することによって、新しいさまざまなビジネスが、ベンチャーを中心とする多様な事業者の手で生み出されるようになった」と説明する。
一方、金融機関側の変化はどうか。例えば、銀行においては、決済、資金仲介、セキュリティ技術の提供など、従来銀行が担っていたビジネスの構成要素が「アンバンドリング(分解)」されてサービスとして提供されるという変化が生まれた。これによって、「銀行以外の新たな担い手は、アンバンドリングされたサービスに付加価値を付け、組み合わせて提供することが可能になり、これがFinTechの台頭を促した」と翁氏は解説する。
翁氏は、FinTechビジネスがこのまま拡大を続けることができるかどうかは、ドイツの製造業における「インダストリー4.0」と同様に、ビッグデータの活用と人工知能の応用がカギを握ると分析する。今後は、決済サービス、投資サービス企業向けの支援サービス、保険サービスなどの分野で、ビッグデータと人工知能を駆使したさまざまなサービスが登場することになると同氏は見ている。
FinTechによって金融業は今後どのように変わろうとしているのか。翁氏は、「技術革新によって、決済のコストが急速に低下し、パフォーマンスが改善することによって、ビッグデータや人工知能を活用したイノベーションやコラボレーションが加速し、多様なビジネスモデルが創出されるようになる」と予想する。
FinTechビジネスの台頭により、決済のイニシアチブの所在も変わろうとしている。これまでは窓口や支店、ATM、コンピュータセンターなどを保有するいわば装置産業的な存在だった既存銀行が決済のイニシアチブを握ってきたが、これからは簡易なモバイルペイメントを利用する個人や企業がそれを握るようになるという。
金融業界は、FinTechベンチャーなどの新たな担い手が金融機能を分担するようになると、これまでの金融の業界区分的な発想は通用しなくなり、銀行業の概念、競争状況も大きく変わる可能性があるとの危機感を持っている。例えば、米国のJPモルガン・チェース銀行のCEO、ジェームス・ダイモン氏は、2015年4月に発行した「株主への手紙」の中で、「シリコンバレーがやってくる」と強調し、「数百ものスタートアップ企業が伝統的な銀行のさまざまな代替的な機能を提供しようとしている」と、台頭するFinTechベンチャーに対する危機感をあらわにしている。
こうしたFinTechビジネスの急激な拡大に、金融業界や金融規制当局はどのように対応すべきなのか。翁氏は、「急速に進展するグローバル化と技術革新に迅速に対応する必要がある」と指摘する。その一方で、全ての利用者が安心して利用できる安全なサービスを提供するために、万全のセキュリティ対策を講じなければならない。
また、イノベーションの創出によって顧客の利便性や効率性を向上させるために、多様な担い手がサービスを競争的に提供できる環境の整備も重要な課題となる。そのためには、従来の業態概念にこだわらない柔軟で公平なルールを確立するなど、よりダイナミックな視点に立った規制体系の整備を模索する必要があるという。
さらに翁氏は、「これまで資金仲介や決済などを独占的に担ってきた既存の金融機関は、新たな担い手がこれらの分野に参入することを脅威として受け止めるだけではなく、そのメリットも考慮する必要がある」とアドバイスする。多くの事業者が決済などの分野に参入してコストを負担してくれるようになれば、金融機関の特殊性はより相対的なものに変化し、これまで取引の安全を守るために負担してきたさまざまなコストを抑えることができるからだ。
FinTechビジネスの普及を推進する上で重要なカギを握るのが「オープンイノベーション」の促進である。近年、欧米の金融機関を中心に、従来の自前主義を改め、外部企業との連携を積極的に推進して革新的なサービスを生み出そうとするオープンイノベーションの取り組みが活発化している。
米国では2000年代以降、投資事業を専業としないコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の投資が拡大し、ベンチャーキャピタル全体に占めるCVC投資の割合も増大している。CVCの投資先を見ると、ソフトウェアが最も多く、ITサービスへの投資も多くを占めている。
欧米では、これまで自前主義の傾向が強かった金業業界でも、2000年代以降、決済分野を中心としたIT技術の取り込みを目的に、ITベンチャーへの投資が活発化している。投資先は、スマートフォン決済アプリ開発会社、プリペイドカード・プラットフォーム提供会社、カード決済ソフト開発会社などさまざまだ。
日本の金融機関はどうか。翁氏によると、日本の金融機関は、投資の多くがレガシーシステムのメンテナンスなどの「維持」に費やされており、サービスの高度化や利便性の向上といった「変化」への投資はいまだ不十分だという。これは金融審議会でも金融機関の課題として指摘されている問題だ。翁氏は、「オープンイノベーションの促進は日本の金融グループ全体の経営戦略上においても、重要な課題になる」と強調する。
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