ベンダーはスケジュールの遅延について、ユーザーに比較的早い段階から開示して、複数回の協議を重ねた上で、納期の延長の合意を獲得していた。
これは、ベンダーが「プロジェクトのリスク管理」を行っており、「専門家のプロジェクト管理義務」を果たしていた証跡と捉えられたのではないだろうか。
また、ベンダーは、第1回、第2回の納品はきちんと行っており、一部とはいえ最終的な納品も行っている。一部の機能は本稼働に入っており、契約の目的を果たしたとまではいえないが、最終成果物としてのプログラムが全くなかったわけではない。
プロジェクトの終盤で10人もの技術者を無償で貼り付けるなどの、完成に向けて「できることは、全てやろう」としたベンダーの姿勢も評価されたのではないかと思われる。
もちろん、裁判官はベンダーの一生懸命な姿に心を動かされたわけではない。ベンダーが小まめに納期交渉をユーザーと行い、都度、合意を得ていた結果であろう。
スケジュールの遅れを隠し、最後になって「実は……」と言い出したり、簡単に納品を諦めてしまったりするようなベンダーであれば、こうした判断はなされなかったように思う。
請負契約は、原則として「契約の目的」が支払いの条件であり、分割検収の場合でも、費用の返還を求められるケースはある。しかしながら、今回取り上げた裁判例のように、ベンダーの「姿勢」が、結果として支払いに結び付くこともあり、「請負だから完成しないと1円も払わない(もらえない)」というほど、単純なものではない。
ITプロジェクトは「結果」も大切だが、「プロセス」も同じように大切なのだ。
東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員
NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも希少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。
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