しかし、本件においては、ベンダーAが履行していないことを自認する第3段階のみならず、第2段階の作業が完了したといえない(中略)上、(中略)第1段階についても、これを構成する全24項目のうち、必要な作業が完成していないとみられる項目が、バックエンドで3項目、フロントエンドで17項目に上っていることが認められ、このような作業状況に照らすと、本件契約が段階ごとに可分なものであるとしても、当該可分な段階に対応する独立した給付が完了したということはできない。
加えて、(中略)ユーザーは、本件サイトの構築を他の業者に依頼せざるを得なくなり、(中略)その際、ベンダーAから納品を受けた成果物を利用できなかったことが認められ、これによれば、ユーザーがベンダーAから受けた給付により利益を受けたということもできない。以上によれば、本件契約は全部解除が認められるというべき(後略)
裁判所は、第1段階、第2段階の成果物は未完成であり、「この状態での納品はユーザーに利益をもたらしていない」と判断した。「成果物が未完成である以上、分割して検収を受けても、納品とは認められない」との考えだ。
後半部分では、ベンダーAの成果物が役に立たないものであった、つまりユーザーに利益をもたらさないものであったことを証明するために、ユーザーがベンダーBに開発を依頼し直した際、ベンダーAが作りかけたものを利用できなかったと説明している。
検収を受けようと、支払いを受けようと、ユーザーが利益を得ていると認められなければ、既払い金は返還しなければならない、と裁判所は判断したのだ。
分割検収を行う際に大切なのは、納品物が「単体でもユーザーに利益をもたらすものであるか」だ。
では、ベンダーはどうすればよいのだろうか。
要件定義書や設計書ならば、他人が引き継いでも利用でき、最小限の手戻りで済むように作っておくべきだ。自分たちだけが分かればいいと記述をはしょったり、内部でしか通じない言葉を使ったりせず、品質良く仕上げねばならない。分割した契約ごとに順次機能の実装を行う場合は、誰もが分かる仕様の説明書を作成せねばならない。
こうした作業は自分たちの身を守ることになるし、作業や成果物の品質向上にもつながるので、多少面倒でも心掛けたいものだ。
請負契約でベンダーがユーザーからお金をもらう根拠は、作業を行ったかどうかでも、システムが完成したかどうかでもない。目的を達成して、ユーザーが利益を享受できる状態を作ったかどうかである。
東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員
NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも希少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。
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