政府の新たな成長戦略の中で、小学校の「プログラミング教育」を必修化して2020年度に開始することが発表され、多くの議論を生んでいる。本特集では、さまざまな有識者にその要点について聞いていく。今回は一般社団法人「みんなのコード」が開催した「プログラミング教育明日会議 in 東京」から先行事例報告の内容を中心にレポート。小学校におけるプログラミング教育の授業事例や課題などに迫る。
教育機関を対象にプログラミング教育の支援活動に取り組む一般社団法人「みんなのコード」は2017年8月22日、早稲田大学 西早稲田キャンパスで「プログラミング教育明日会議 in 東京」を開催した。同イベントは、2020年度から必修化が決まった小学校のプログラミング教育において、小学校教員や教育委員会などの関係者らに最新情報の収集や模擬授業、教材研究の場を提供するもの。東京以外にも北海道、大阪、福岡など全国10カ所で同様のイベントを開催し、東京会場には当日、220名近くの関係者らが集まった。
本稿では、同イベントで発表された先行事例報告の内容を中心にレポート。小学校におけるプログラミング教育の授業事例や課題などに迫る。
イベントレポートに入る前に、まずは小学校のプログラミング教育に関する直近の動きと内容を整理しておこう。
大きな動きとしては2017年6月に、小学校学習指導要領の解説が公示され、2020年度から本格的に実施されるプログラミング教育に向けた枠組みが固まった。その目的は「情報活用能力の育成」「コンピュータに意図した処理を行うように指示することができる、という体験をさせること」とされ、これにより学習の目指す方向性が決まったといえる。
一方で、実施方法に関しては課題が山積みだ。というのも、次期学習指導要領では、プログラミング教育の実施について「算数、理科、総合的な学習の時間など教科に絡めて教える」「どの単元で扱うかは各学校、各教員の裁量に委ねる」としており、現場に振り掛かってくるからだ。つまり、プログラミングだけを教えればいいのではなく、各教科の“ねらい”に合わせてプログラミングを取り入れる。しかも、どの学年の、どの教科で、どれくらいの時間数でプログラミングを扱うのか、学校や教員、そして各自治体の教育委員会が判断して進めていかなければならないのだ。
こうした難題に対して、一見「2020年度の本格実施まで準備期間があり、何とかできそう」に思えるかもしれないが、実はそうではない。2018年度からは次期学習指導要領の先行実施が始まり、関係者らは、どの学年でどのようなプログラミング教材を使うのか、具体的な製品を選択する段階に来ている。もちろん、教材だけをそろえればいいのではなく、それらを用いた研究授業や指導者の育成にも取り組まねばならない。自治体によっては、プログラミング教育の前段階にあるコンピュータの整備にも着手しなければならず、残された2年強の時間は、決して十分な準備期間とはいえないのだ。
では、そうした状況の中、これからプログラミング教育の準備に着手する自治体は、どのように進めていけばよいだろうか。2017年度から取り組みを始めている千葉県船橋市の事例を紹介しよう。
千葉県船橋市総合教育センター 指導主事の大澤幸展氏は、「プログラミング教育明日会議 in 東京」に登壇し、プログラミング教育を先導する立場にある教育委員会や校長などに対して、「どのような形で取り組みを進めていけばよいか」について、船橋市の事例も交えて語った。船橋市は決してICT活用に先進的な地域ではないが、2017年度からプログラミング教育の準備に着手し始めたという。
近年、人口増加が激しい船橋市は、市内に小学校が54校、中学校は27校もあるという勢いのある都市だ。一方で、ICT環境の整備やその利活用は進んでいるとはいえず、2015年度に実施された文部科学省の調査において、船橋市における教員のICT活用力は全国平均や千葉平均を下回った。プログラミング教育に関しても、教員たちからは「難しそう」「英語と道徳を何とかする方が先ではないか」「よく分からない」といった声が挙がっている。
そんな船橋市がプログラミング教育に着手するきっかけとなったのは、市が例年開催している教育フェスティバルだった。当時はやっていたプログラミングがどのようなものか、子どもたちがどんな反応をするのか、一度やってみようと体験教室を設けたところ、予想外に子どもが集まり、大盛況に終わった。
「自分が教えたことがある子どもがプログラミングに取り組む姿を見て、普段と比べて目つきが違い悔しくなった。非常に衝撃的だった」(大澤氏)。
それ以来、大澤氏自身も「プログラミングは学校での“学び”をワクワクさせられる、1つの手段になる」と考え、プログラミング教育の準備に取り掛かるようになった。
大澤氏はプログラミング教育を推進するに当たり、「Every School(全ての学校で)、Every Teacher(全ての教員が)、Every Subject(全ての科目で)」という“3つのEvery”を、目指すべきビジョンとした。行政が主導してプログラミング教育を進める以上、どの学校の、どの教員でもプログラミングを指導できる体制を整えなければ、学校間や教員間で格差が生まれてしまうからだ。そうならないためには、まず教育委員会の体制を見直す必要があるという。
また、一般的に、小学校、中学校などの教育機関ではICT活用を推進する部署と、運用管理や保守を担う部署が1つにまとめられていることが多いが、「プログラミング教育を含むICT活用の推進を専門に進める部署を設置することが重要。2020年度までの準備期間が残り少ないので、日々の運用管理にとらわれずにプログラミング教育の取り組みを進めることができる人材配置が必要である」と、大澤氏は訴える。
指導者の育成に関しては、既に2017年度から取り組みを始めており、小学校の情報教育担当者に対して研修を2回実施した。一方で、“受けただけの研修では意味がない”ことから、ドリル型のプログラミング教育サービス「Hour of Code」「プログル」を用いて担当者らに宿題を与え、プログラミングに関する理解を深めるように促した。
こうした形で取り組む背景には、「プログラミング教育を推進できる“核”となる指導者を育成したい」狙いがあったという。市内全ての小学校の教員がプログラミングを指導できるようになるためには、教員の育成と研究授業の両方ができる指導者の存在が欠かせない。故に、「ある程度、強制力を持って取り組む必要も出てくるかもしれない」と大澤氏は述べる。
船橋市では2018年度からさらに取り組みを拡大させる方向だ。希望者が参加できる研修会を設けたり、校内で研究授業を実施したりと、プログラミング教育の指導者育成を重要視していく考えだ。
「プログラミング教育が各教科の中で実施することが決まった以上、研究主任、教務主任レベルの教員を巻き込んで進めていき、特に、算数と理科の指導主事には積極的に動いてもらいたい。ICT担当者だけで進めるのではなく、小学校の教育に関わる多くの教員や関係者がつながりを持って取り組んでいきたい」(大澤氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.