クラウド、モバイル、AIで考える次世代企業ネットワーク羽ばたけ!ネットワークエンジニア(1)

ICTの世界は「CMA」、つまりクラウド、モバイル、AIの3要素を中心に急激に進化している。私たちネットワークエンジニアは単にネットワークのことだけを分かり、狭い領域の仕事をしていたのではもはや大きな付加価値を生むこと難しくなっている。連載第1回は企業ネットワークの歴史を振り返り、今後数年間のトレンドを予想するとともに、次世代企業ネットワークのイメージを概観する。

» 2018年02月26日 05時00分 公開
[松田次博情報化研究会主宰]

 企業ネットワークに限らず、ICTの世界は「CMA」、つまりクラウド、モバイル、AI(IoT、ビッグデータを含む)の3要素を中心に急激に進化している。私たちネットワークエンジニアは単にネットワークのことだけを分かり、狭い領域の仕事をしていたのではもはや大きな付加価値を生むことが困難になっている。

 CMAを活用したサービスやアプリケーションに踏み込んだ積極的な発想と、広い範囲の仕事をまとめる力が求められているのである。ネットワークエンジニアは大きく、速く、変化すること、つまり「羽ばたく」ことが必要なのだ。

 このコラムはそんなネットワークエンジニアを応援するため、受注に結び付く企画や提案の仕方、トラブルを予防するプロジェクト管理のノウハウ、新しい技術やアイデアを取り入れたネットワーク設計の方法を筆者の実践した事例を中心に解説する。

 第1回は企業ネットワークの歴史を振り返り、今後数年間のトレンドを予想するとともに、次世代企業ネットワークのイメージを概観する。

企業ネットワークの20年とこれから

 図1は1996年から2020年までの企業ネットワークのトレンドを5年区切りでまとめたものである。歴史とこれからの進化の方向を見てみよう。

図1 図1 企業ネットワークの20年とこれから 5G:5th Generation、ATM:Asynchronous Transfer Mode、HSDPA:High Speed Downlink Packet Access、IP:Internet Protocol、LTE:Long Term Evolution、MVNO:Mobile Virtual Network Operator、NGN:Next Generation Network、SDN:Software Defined Network、SIP:Session Initiation Protocol、VoIP:Voice over Internet Protocol

「多様化と帯域爆発の時代」(1996〜2000年)

 データのトラフィックが電話をしのぎ、爆発するトラフィックを安価にさばくためフレームリレー(2Mbps程度)、ATMメガリンク(最大8Mbps)など、当時としては画期的な速度の回線が低価格で提供された。

 1995年にWindows 95が登場し、TCP/IPを使いやすいPCが廉価になったことでインターネットの普及が加速した。

「IP融合の時代」(2001〜2005年)

 前期のフレームリレー、ATMがあっという間に消え去り、代わって広域イーサネット、IP-VPNが企業ネットワークを席巻した。

 多様化していた通信技術がIPに一本化され、データも音声もIPで扱われるようになった。その象徴が「東京ガス・IP電話」である。2002年11月に筆者が受注し、同12月には著名新聞で大きく報道された。これをきっかけにIP電話ブームが起こり、電話もIPで扱うことが当たり前になった。

「モバイルブロードバンドの幕開け」(2006〜2010年)

 この時期もっともインパクトがあったのは2007年3月にイー・モバイルが始めた下り3.6Mbps、月額5000円で定額のモバイルブロードバンドである。どれだけ使っても定額なので専用線と同じだ。これを固定回線の代わりに使えないか実験したところ、長時間接続したままでも大丈夫だった。筆者は古河電工にイー・モバイルが使えるルーターを作ってもらい、2008年に京葉ガスで稼働させた。

 現在のLTEにつながるモバイルブロードバンドはNTTドコモでもauでもない、イー・モバイルが創始したのである。

 その一方で名前倒れに終わったサービスがある。NTTのNGN(Next Generation Network)だ。光ファイバーをベースにしたサービスで、さまざまなサービスのプラットフォームになるはずだった。しかし、プラットフォームになったのはインターネットであって、NGNではなかった。

 ネットワーク技術そのものではないが、2007年6月に米国で発売され、日本では2008年から販売を始めたiPhoneは、スマートフォン普及の嚆矢(こうし)となり、ICTを大きく進化させた。2010年に発売されたiPadは大手航空会社が20キログラム近いパイロットのマニュアルをペーパーレス化したり、企業がプレゼンテーションの良さを生かしてPC代わりに営業マンに使わせたりするなど、タブレットという新しい市場を創出した。

「クラウドシフトの進展」(2011〜2015年)

 この時期、クラウドの導入が進んだ。2015年末時点で日本の企業でクラウドを使っている企業は約45%、導入予定を加えると約60%に達した(総務省の「平成28年通信利用動向調査報告書(企業編)」より)。クラウドのメリットは短期的なコスト削減というよりも、自社でハードやソフトを所有してシステム構築することに対して、手早く開発できて長期的に見ればコストも抑制できる、ということだ。

 加えて、日本においてはIT部門の高齢化が進み、自社で開発や運用をできなくなっている、という理由によるものが増えている。

 ネットワーク分野でもファイアウォールやプロキシ、メールサーバなどを自社で運用できないので、サービスメニューを選択し、あとは毎月の料金を払うだけ、という「サービス化」が受け入れられている。

CMA時代の次世代企業ネットワーク(2016〜2020年)

 これからの数年はCMA(クラウド、モバイル、AI)の活用が企業ネットワークにとって重要だ。そのイメージを図2に示す。

図2 図2 CMA時代の企業ネットワーク DC:Data Center、PSTN:Public Switched Telephone Network、SDN:Software Defined Network

 AWSやAzure、Office 365などのクラウドサービスはさらに導入が進む。クラウドは企業ネットワークにおけるトラフィックの流れを大きく変化させる。かつてトラフィックの発生源は企業ネットワークの中にあったが、クラウド化するとそれが外部に移る。いかに効率的で拡張しやすい方法でクラウドを接続するかが、ネットワークレベルの課題になる。

 図2中の「モバイルシフト」とはこれまで光ファイバーによる固定回線中心に設計されていた企業ネットワークを、固定回線に対して相対的に高速で安価になったモバイル回線中心の設計にするという意味だ。図にある通り、社外だけでなく社内にいるときもPCやスマホをモバイル回線で使うのだ。これにより、回線料を節減できるだけでなく、利便性も向上する。安全性も向上するのだが、それは別の機会に解説したい。

 次世代企業ネットワークではAIも大きな役割を果たすようになる。既に音声認識、顔認証、自動応答などがクラウドAIとして簡単に使えるようになっている。チャットボットを使ったコンタクトセンター業務から、筆者が手掛けているコミュニケーションロボットによる見守りサービスまで、クラウドAIは省力化や新しいサービスの創出に大きな威力を発揮する。

 現在のSDN(Software Defined Network)はトラフィックの制御やトラブル対応が自動化されておらず、真価を発揮できていない。数年のうちにSDNにAIが組み込まれ、トラフィックの流れ、サーバやPCのCPUやメモリといった資源の使用率など、さまざまな情報をAIが管理し、トラブルの予防やトラブル発生時の復旧が自動化されるだろう。

 今後、連載の中で個々の要素や設計の考え方について具体的な事例を中心に解説する。

筆者紹介

松田次博(まつだ つぐひろ)

情報化研究会主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。

IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。企画、提案、設計・構築、運用までプロジェクト責任者として自ら前面に立つのが仕事のスタイル。『自分主義-営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(日経BP社刊)『ネットワークエンジニアの心得帳』(同)はじめ多数の著書がある。

東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)を経て、現在、NECスマートネットワーク事業部主席技術主幹。


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