「アマゾンとヤマトの戦い」が残した“教訓”とは久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(5)(1/2 ページ)

売り手に無茶な要求ばかりしていると、結局は自社に返ってくる。ビジネスの継続的な成長にはWin-Winの関係が絶対に不可欠だ。大切なパートナーのサステナビリティ(持続可能性)に配慮することが、自社のサステナビリティを高める最上の方法だ。

» 2018年03月09日 05時00分 公開
[久納信之/鉾木敦司,ServiceNow Japan]

編集部より

 数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。

 これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。

 その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。

 著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この二人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。


 今回まずはこのニュースを取り上げよう。2018年1月の終わりに飛び込んできたちょっと驚きのニュースだ。それは「ついにアマゾンがヤマトに屈服した」というものである。仮面ライダーアマゾンが宇宙戦艦ヤマトの波動砲の前に敗れたという話ではない。ネット通販の巨人アマゾンジャパンが、宅配便国内最大手のヤマト運輸の値上げ要請をついに受け入れたという報道だ。「ついに受け入れた」と言うからには、いったんは受け入れなかったわけで、昨春には両社の交渉はいったん決裂している。

 今回取り上げたいテーマは、継続的な成長を実現するパートナーシップだ。結論めいたことを先に書くと、これを解く鍵は「サステナビリティ(持続可能性)」である。もっとありていに言えば「Win-Winの関係構築」だ。ビジネス革新が進む中、企業が強みを伸ばすには、非集中分野はその領域に強い外部パートナーの力を借りることは必然となる。

 しかし、真のパートナーシップを確立するには、片方が他方に一方的に無理を強いても、全面的に譲歩してもいけない。継続的な成長とは、双方の利益が根底にあって初めて成り立つ、つまりWin-Winの関係が必要不可欠なのだ。そして、それを実現する方法論がそのパートナーシップに組み込まれている必要がある。その方法論がVendor Relationship Management/Supplier Managementである。今回はこれを掘り下げてみたい。

システム運用管理を外注先に断られる「事件」が続発

 さて、これまで売り手が買い手の力(バイイングパワー)に屈する例はたくさん見てきた。しかし、このアマゾン―ヤマトの象徴的な例のように、買い手が売り手の力(セリングパワー)に屈する例は珍しい。少なくとも、「お客さまは神様」のこの国で、長く続いたデフレスパイラルの間は極めて珍しいことだった。しかし、昨今の人手不足、そして人手不足による人件費の高騰を根拠とする売り手の値上げ要請を、買い手が受け入れざるを得ない、もしくは売り手がバイイングパワーに屈せず交渉を切り上げるケースが、実はわれわれが従事するITの世界でも増えているのだ。

 それはどんなケースかと言うと、いわゆるMS契約(マネージドサービス契約)で顕著だ。何と最近、顧客がMSP(マネージドサービスプロバイダー)から契約更新を断られるケースが急増しているというのだ。読者の皆さんの中にもこの件を扱った報道記事を目にした方が多いのではないだろうか。これは結構な大事件だ。

 なぜ大事件なのか? まずはここを押さえておこう。

 日々のITオペレーション業務を外部ITベンダーに何かしらアウトソース(業務委託)する企業はとても多い。業務委託と聞くと、企業内のさまつで定型的なオペレーション業務を端から切り出すようにアウトソースすることをイメージされる読者も多いかもしれない。しかし、自社の基幹システムのオペレーションを丸々アウトソースするケースも実は珍しくない。

 これを委託されるMSP側からすれば、この契約を更新し続けることは売上を複数年にわたって安定させるので、大口なものであればあるほどオイシイ契約である。普通に考えればMSP側が契約の更新を断る理由はないのだ。にもかかわらず、契約の更新を断るケースが急増している。断られた顧客側からすれば、翌年度から基幹システムのオペレーションの責務が突如として自社に戻って来てしまうので影響は甚大だ。つまり異常事態であり大事件なのだ。だから報道記事になっている。

オペレーション業務をアウトソースする理由

 では次に、そもそもどうしてITオペレーション業務を外部ITベンダーにアウトソースするのか? その背景、理由を動機にまでさかのぼって見てみよう。これには2つの側面がある。1つ目は優秀なIT人材が労働市場で不足している側面。もう1つは企業内での基幹ビジネスへの資源集中の側面である。

 1つ目の側面。簡潔に言うと、IT業界では既に2〜3年前から人手不足が起きている。こうしたIT労働市場の需給バランスの変化により、企業側はIT人材の採用にはそれなりの高待遇を用意する必要が出てきた。IT人材側からすれば、IT部門でITオペレーションに従事するより、最先端のイノベーティブな現場で研鑽を積みたいと思うのが本音だろう。つまり、ITオペレーションに従事する人材の採用・確保は難しくなってきている。

 もう1つの側面。IT以外の企業では、一般的にITオペレーションやIT部門の業務は会社の基幹ビジネスに直結しないと見なされている。基幹ビジネスとは本丸のビジネス。すなわち例えば製造業であれば、研究開発や製造、マーケティング、営業販売業務など花形部門だ。企業は社内からこれらの部門に限られた社内の資源(人、物、金)を集中させようとする。よって、社外へのリクルーティング活動も含めて、IT人材の確保は優先順位が低くなりがちなのが実情ではないだろうか。

 この2つの側面を合わせると、ITを生業とする企業以外では、IT人材の確保にリソースを割くこともままならない上に、IT人材の市場価値は高騰しているときている。これでは十分なIT人材を確保することはかなわない。一昔前のようにIT部門を子会社化して専門化させたとしても、給与体系からメスを入れない限りこの問題が根本的に解決しないのは容易に想像がつくと思う。こうして慢性的なIT人材不足に悩まされているわけだ。ITはサービスであり、ビジネス革新の成功要因であるにもかかわらず由々しき問題である。

 このような背景の下、たどり着く解決策としてMS(マネージドサービス)を利用することになるわけだ。ITベンダーたるMSP(マネージドサービスプロバイダー)はITのプロフェッショナル集団なので、ITオペレーションを任せてしまっても技術的なリスクは少ないと考えてよい。餅は餅屋というやつだ。

 また、こうして業務をまとめて社外へアウトソース(外出し)することで、それを担う組織の管理や人材リクルートをする必要がなくなる。当該従業員の査定やベースアップなどを考える必要もなくなる。アウトソースした当初は基幹ビジネスそのものの知識は少ないだろうが、そこさえ補足できればIT人材不足という問題を解決できる。IT部門の技術的教育費用や工数なども最小化することができる。これらは企業の大きな動機付けとなってきたわけだ。

買い手側の無茶な要求にも、売り手側が応えざるを得ないわけ

 では今度はいよいよ、MS契約の更新が拒否されている理由に迫ってみよう。実は理由自体はシンプルだ。それはバイイングバワー(買う側の圧力)を使った根拠のない値引き要求に、MSP側が応じきれなくなったからだ。換言すると、サステナビリティ(持続可能性)が損なわれたわけだ。

 MS契約は、日々のオペレーションの請負業務だから、それにかかる費用は企業財務の目線では完全に固定費として映る。企業にとって固定費の削減はエンドレスだ。たとえそれが会社にとって重要な基幹システムサービスといえども、いったん外部の会社にオペレーションをアウトソースしてしまうと、それは単なる日々のルーティンワークにしか見えなくなってしまう。「コストセンター、すなわち固定費は低く抑えてナンボ、習熟と日々の改善によりこのコストは徐々に削減されて然り!」と安易に考え始めてしまう。そこでMS契約の締結に当たって契約書にはこんな常套句を入れることになる。

 「毎年5%のコスト削減をすること」

 買い手のバイイングパワーが炸裂すると売り手側は無理な要求も受け入れてしまう……

 請負側は、2次請け、3次請けと取引先も巻き込みつつ、コスト削減に取り組むことになる。だが、既述の通りIT人材の工数単価は上昇しているので、契約内容に初めからある程度のコスト削減を織り込んではいても、遅かれ早かれ数年後には臨界点に達するわけだ。結果として契約更新の際にいったんその契約を破棄するしか道は残らない。なぜなら、既存のMS請負にしがみついても、かかる費用を捻出できなければ赤字を生むだけで、商売として成り立たなくなってしまうからだ。

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