多くの業種、業態でデジタルトランフォーメーションが起きている。それは農業も例外ではない。農業機器の生産販売を60年以上続けているネポンが実践した、デジタルトランフォーメーションとは。
デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現するために、自社ビジネスにおける人工知能(AI)やIoT(Internet of Things)などの可能性を日々模索している企業は着実に増えつつある。だが一方で、DXの実践を狙うも、社内から反対の声が挙がるケースも少なくない。そうした中、農業機器メーカーのネポンは、農業でDXを実現した企業の1社だ。
では、ネポンは農家の要望にどのようなカタチで応えようと考えたのか? なぜ今、農業にIT化が求められているのか。2018年6月11日に行われた、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)主催のイベント「Think Japan IBM Code Day」での講演から、農業の新しい潮流を探る。
ネポン アグリネット開発部で部長を務める太場次一氏が登壇したのは、「老舗メーカーが挑んだIoTとクラウド、そしてAIによるデジタル変革」と題されたセッション。会場には多くの聴衆が集まり、IoTやAIを実用化した事例に高い関心が寄せられていることが分かる。
1948年の設立以来、農業機器を開発、販売してきたネポン。フィールドとなるのは農業の中でも「施設園芸」と呼ばれる分野だ。ビニールハウスなどにおいて、栽培に適した環境を人工的に作って農作物を生産するために、ネポンは「ヒーター」や「クーラー」、光合成を促進するための「二酸化炭素発生装置」などを60年以上にわたって提供してきた。現在、国内で約20万台のネポン製品が農場で使われているという。
「施設園芸では冬でもおいしい作物を、夏でも冬の作物を生産できます。ネポンは気流、空調でこれを支援してきました。しかし昨今、日本の農業に大きな変革が起きています。オランダ型の大規模圃場が急ピッチで増え始めているのです。1ヘクタール規模のハウスが増え、農家はこれまでなかった課題に向き合っています」
農業の大規模化、大人数化、特にハウスの大型化がもたらした変化は大きい。ハウス面積が広くなると、温度や二酸化炭素濃度のムラが生じやすくなる。必要な場所に必要なだけの水を供給することも大変だ。面積が広がったことで稼働する機械も増え、人手では制御し切れなくなっているという。そこでネポンが注目したのがIoTだ。
2012年、ネポンはオンラインサービス「アグリネット」を開始した。施設園芸の鉄板4要素といわれる「温度」「湿度」「照度」「二酸化炭素濃度」のモニタリングを月額料金で提供。また農業機器を遠隔操作するための「複合環境制御盤」を業界では破格の値段で販売する。制御盤だけで100万円を下らず、遠隔制御のためには数百万円の投資が必要になるケースが多い中、ネポンのアグリネットは100万円でモニタリングと制御をスタートできるという。さらに灌水制御盤やクラウドセンサーコネクターを加えれば、より多くの情報をモニタリングできるようになる。
「アグリネットの大きな機能は2つ。1つは、ハウスの状況を見える化すること。もう1つは、ハウスに設置されている農業機器を状況に応じて遠隔制御することです」
太場氏の語る通り、アグリネットは情報を可視化する「モニタリング」だけではなく、自宅にいながらハウスのモニタリング情報をチェックし、対策が必要であれば暖房機やカーテン、ミスト、灌水装置などを遠隔制御で稼働できる――まさしくIoTの利点を生かしている点が特長だ。
実際のアグリネットのモニタリング画面は、グラフィカルでとても見やすく作られている。「農家さんに何度もダメ出しをもらいながらユーザーインタフェースをブラッシュアップしてきました」と言うだけあり、一目見てハウスの状況が分かる画面に仕上がっている。換気扇や暖房装置が稼働している様子もアニメーションで表示され、カーテンの開閉状況も再現されている。夜になれば、ちゃんと背景は夜空になる。
「マニュアルを読むよりも、手を動かす人が多いのが、農家です。だからマニュアルを読まなくても直感的に使えるように画面構成には徹底的にこだわりました」
モニタリングデータの詳細を見る画面でも、選択した項目だけがグラフ化されるので、どの要素を見ているのか間違いにくい。さらに温度や湿度だけではなく「飽差」も表示できる。飽差とは一定量の空気の中に、あとどれくらい水蒸気を含むことができるかを示す値。飽差がある一定の範囲の値になると植物の光合成が活発になり、生育がよくなる。必要なタイミングを見計らって二酸化炭素発生装置を作動させれば、効率的に装置を利用できるようになり、省エネルギー化と作物の生育を両立できる。
このような機能を持つアグリネットは、ハウスから集まるデータをクラウドに収集し、クラウドサービスとして提供されている。その背景について太場氏は次のように語る。
「農家が使っている機器はネポン製品に限らず、多彩なメーカーの製品が混在しています。『それらを使って統合的な環境を整備したい』『しかもデータ収集と機器制御をリアルタイムで行いたい』となると、かなりのトランザクションに耐えなければなりません。さらに、昨今のPaaSには豊富な機能があり、一から自社で開発するより早くサービス化できるという魅力もありました」
クラウドサービスとして提供することで、既に3000件を超える導入実績を積んでいるアグリネットだが、販売当初は前途多難だった。
「農業機器を売る中、アグリネットを提供すると言い出したとき、『いつからうちはシステム屋になったんだ』と社内から大きな反発がありました」
しかし、ネポン製品の信頼性が高まるにつれて買い換え期間は長くなっており、新しい市場に打って出る必要があった。
ネポンの顧客の多くは、農業機器を動かすためにハウスに電源を引いている。IoT導入のボトルネックとなる電源が既に用意されたハウスばかりが顧客ということは、IoT化の観点から見ればブルーオーシャンでしかない。サービスには自信があり、農家からの信頼もある。そこでまず農家を味方に付け、「情報サービスが農業に必要なものである」と営業担当者の意識を変えていったそうだ。
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