固定回線でも「ギガ不足」におびえる時代が到来か、トラフィック急増により現場で起きている悲劇とはものになるモノ、ならないモノ(81)(2/2 ページ)

» 2019年02月19日 05時00分 公開
[山崎潤一郎@IT]
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NTT東西の網終端装置がボトルネック

 あるプロバイダーの幹部は「NTT東西だってフレッツ光を従量課金に移行したいはず」という。統計的に1ユーザー当たりのトラフィックが急増しているのだから、ラストワンマイル部分も同様なのは想像にたやすい。NTT東西とプロバイダーの間にそれを物語る慢性的な確執がある。プロバイダーのネットワークとNGN(Next Generation Network)網を相互に接続する「網終端装置」の増設問題である。

 網終端装置は、NTT東西の局舎内に設置してあり収容セッション(ユーザーからの接続)数に応じ、段階的なメニューが準備されている。例えば、C型は8000セッション、C-50型は5000セッション。C-20型は2000セッションといった形だ。プロバイダーは、自社ユーザー数や利用状況に応じて、網終端装置を複数契約する。実は、近年のトラフィックの急増でこの網終端装置が大きなボトルネックになっているという。

 収容セッション数が決まっているところに、ダウンロードトラフィックが急増しているわけだから、当然ながらパケづまりが悪化する。プロバイダー側は、トラフィックの混雑度合いに応じて網終端装置の増設を希望するのだが、NTT東西が局舎内で管理する設備だけにプロバイダーの要求通りというわけにはいかない。

 NTT東西は、網終端装置に「増設基準」というのを設けており一定のセッション数を超える見込みがないと増設には応じてくれない。つまり、1ユーザー当たりのトラフィックが急増している中で、セッション数を基準とした網終端装置の増設ルールが時代遅れになっているわけだ。本来であれば、トラフィックを基準にした増設を実施すべきなのだが。

図版4 網終端装置がボトルネックとなっている(出典:日本プロバイダー協会の資料「インターネットの速度低下における主な課題と当協会の取り組みについて」から抜粋)

 ただ、固定制で大きな収益増が見込めないのは、NTT東西も同じ。急増するトラフィックの現状に合わせる形にすると、たちまちNTT東西の他のネットワーク設備や網終端装置の上流(プロバイダーとのインタフェース帯域、現状は1〜2Gbps)への負荷が増加。ネットワークの総合的な見直しが必要になり、慎重になっているのだろう。

 その一方で、多くのプロバイダーが利用する従来型の「PPPoE接続」においてのみセッション数による増設基準を設け、ネイティブ方式と呼ばれる「IPoE接続」では、トラフィックベースの増設基準を設けているという事実がある。接続形態が大きく異なるPPPoEとIPoEを同列に語れないかもしれないが、NGN本来の接続形態に近いこともあり、NTT東西はIPoE接続に関する取り組みを優先してしまうのかもしれない。

 網終端装置のボトルネック問題については、総務省も無策ではない。2018年6月には、増設基準のセッション数を20%緩和するようNTT東西に要請し、NTT東西もそれに応じている。一例を上げると、インタフェース部分の帯域1Gbpsに対し、増設の基準が2000セッションだったものを、1600セッションに下げるという形である。この措置により、理論的には、1ユーザー当たりのトラフィック容量が1.2〜1.3倍になった。

 ただ、先のトラフィック急増を示すグラフをもう一度見直してほしい。1年で3〜4割増の現実を前に、2〜3割の緩和分はあっという間に食いつぶしてしまい、どう考えても「焼け石に水」だ。

通信速度に応じた「松」「竹」「梅」メニューが登場か?

 網終端装置を巡るプロバイダーとNTT東西の確執は、トラフィック急増が招く諸問題の一角にすぎない。結局のところ、NTT東西がトラフィック増に対応するために設備を増強すると、プロバイダーもそれに見合う設備投資を実施しなければ、エンドトゥエンドでのパケづまりの解消には至らない。プロバイダー設備の増強だけではない。芋づる式にボトルネックを洗い出していくと東京に集中するトラフィックといった中央集権的な日本のネットワークトポロジーの問題にまで波及するのではないか。

 ネットワークが有機的につながっている以上、1つの問題を解決すると、モグラたたきのように別の問題が浮上することになり、日本のネットワークのあちらこちらで、高トラフィックをさばくためのコストが問題になってくる。それが、冒頭に紹介したプロバイダーの幹部の「従量課金に移行」コメントなのだ。そのコストをエンドユーザーが負担するのが、本当に正しいことなのかどうかは分からないが、モバイル分野はユーザー負担に移行した。

 筆者が自宅に初めて光ファイバーを導入したのは2002年だった。当時、NTT東日本に100Mbpsで月額1万8000円程度支払っていたように記憶している。今では、実効速度や提供条件の制限はあるものの、「月額6千数百円で10Gbps」などというサービスも登場している。

 「高性能な光ファイバーへの張り替えや、DWDM(光波長多重分割)といったブレークスルー技術、機器類のコモディティ化など、提供コストの下落があったからここまでやってこれたことを理解してほしい」(プロバイダーの幹部)

 その悲痛な声は、一部特定のプロバイダーの声というわけではないそうだ。「従量課金へ移行したい」というのは、多くのプロバイダーの共通認識だというのだ。ただ「誰も言い出しっぺにはなりたくない。ユーザーに真っ先に恨まれるのは目に見えているから」(プロバイダーの幹部)というのが本音だという。はからずも事業者間の意地の張り合いというか、相互けん制により、現在の定額料金制が維持されているのだとしたらユーザーとして至極複雑な心境だ。

 プロバイダー幹部の話を聞いていくと、従量課金制に移行しない場合、通信速度に応じた「松」「竹」「梅」的なメニューが登場する可能性を示唆する。モバイル回線と違い、固定回線の場合は「セッション数の異なる網終端装置に収容することで、個別ユーザーのトラフィック制御がやりやすい」(プロバイダーの幹部)からそれも可能だという。

 ある意味合理的な考え方ではあるが、逆にいうと、「松」コースを選んだユーザーには、それ相応の回線速度を約束しなければならなくなるのではないか。あるいは、モバイルの料金のように階段状の従量課金制にして、一定のしきい値を超えたら「ギガ」を追加購入する形になるのか。

 仮に固定通信が、従量課金制に移行したら、筆者としては、野放図に垂れ流されているネットワーク広告をなんとかしたいと思うだろう。見たくもない商品の動画広告にパケットが消費されると思うと、アドブロックプラグインを導入したくなるのは必然。そうなるとネット広告の在り方にも変化が訪れるのだろうか。

 今後、IoT機器の増殖、日本放送協会(NHK)のテレビ放送のネット同時配信など1ユーザー当たりのトラフィック増が加速することは目に見えている。米国では、ネットワーク中立性の議論が盛んで、通信事業者のみならず、OTT(オーバーザトップ)のネットワーク費用負担についてさまざまな考え方が飛び交っているという。

 日本ではなぜかネットワーク中立性の議論が盛り上がらなかったが、総務省では2018年10月から「ネットワーク中立性に関する研究会」が始まっている。そこでは、当然ながら、ネットワークのコスト負担について議論がなされている。ただ、ネットワーク中立性の議論は、コスト負担だけでなく、その課題があまりにも多岐にわたるため、どのような方向性がどのタイミングで打ち出されるのか、注視しておきたい。

 果たして、日本のインターネットはどこに向かうのであろうか。いずれにしても、「ギガが減る」ことにおびえながらPCの前に座ることだけは勘弁してほしいものだ。

著者紹介

山崎潤一郎

音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999


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