建材のIoT化で、建材ビジネスを新たなステージに導こうとしている凸版印刷。電子機器という未知の領域との組み合わせで、どのような価値が生まれようとしているのだろうか。
国内屈指の大手印刷会社として広く知られる凸版印刷。長年培ってきた印刷技術をコアに幅広い事業を手掛けてきた同社だが、近年ではこれにITやクリエイティブ、マーケティングなどの要素を組み合わせた「印刷テクノロジー」を武器に、情報コミュニケーション分野などで大きな成果を上げている。
そんな凸版印刷が近年力を入れている分野の一つに、「IoT(Internet of Things)」がある。2018年11月、同社はユニークなIoTソリューション「ロケーションフロア」を発表した。これは、住居の床に設置される床材の内部に圧力センサーを埋め込み、居住者が「床のどの部分をいつ踏んだか」をリアルタイムで可視化できるというもの。
凸版印刷が手掛ける床材をはじめとした建材ビジネスの歴史は古く、既に60年以上の実績を持つ。そこで培われた建材のノウハウに、最新のIoT技術を掛け合わせて生まれたのがロケーションフロアだ。居住者の動向を離れた場所から把握できるため、高齢者の見守りなどの用途で活用が期待されているという。
この製品を開発するに至った背景について、凸版印刷 生活・産業事業本部 ビジネスイノベーションセンター 課長 藤川君夫氏は次のように説明する。
「現在弊社では全社的に、データを活用した新規ビジネスを開拓して、デジタルトランスフォーメーション時代に対応していこうという方針を打ち出しています。私が所属するビジネスイノベーションセンターはその先頭に立って、既存ビジネスをベースに新たなビジネスアイデアを検討しています。その過程において『建材を通じて家の中のデータを取得できれば、独自の新たな価値を生み出せるのではないか?』と思い立ちました」(藤川氏)
また同じ時期に別の部署でも、建材を使った新たな可能性を模索する動きが起こっていた。凸版印刷 生活・産業事業本部 事業戦略本部の宮脇太基氏は次のように述べる。
「建材ビジネスを担う環境デザイン事業部でも、建材を使った新たなビジネスを模索していました。近年は住宅の着工数も減り、また床材などの建装材もコモディティ化が進み、その価値が徐々に落ちてきていました。そこで、より付加価値の高い商品を開発できないかと検討を重ねる中で、IoTとの融合が案として挙がりました。建材は家の中で居住者と触れる機会が極めて多いので、価値の高い情報が取得できるのではないかと考えたのです」(宮脇氏)
こうして両部門の目指すところが一致した結果、住居用の建材にIoTセンサーを埋め込むという新たなアイデアの実用化に向けた動きが一気に加速した。
ロケーションフロアの具体的な仕組みは、こうだ。住居の床に敷き詰められる床材は、複数の異なる素材が何層にもわたって重ねられている。その中で最も下の層の内部に、圧力センサーを一定間隔で埋め込むのだ。この床材が敷かれた住居内では、居住者が床を踏むと圧力センサーが反応し、家の中に設置されたゲートウェイ装置に対して、Bluetoothを通じて即座にデータを送信する。ゲートウェイ装置は、センサーから送られてきたデータをクラウドへと送信する。
クラウド上では、送られてきたセンサーデータを集計し、住居内でいつどの位置が踏まれたかを可視化する。単に「踏まれた」だけではなく、例えば、トイレや脱衣所、風呂場といった特定の空間に入ったことが検知されてから一定時間が経過した場合に「異常ではないか?」と自動的に判断し、警告を発するように設定できる。また、同時に一定範囲に広く圧力がかかった場合に「人が倒れた」と検知するようなことも考えているという。このようなデータ分析を組み合わせることで、介護ホームや高齢者の一人暮らし世帯などにおける居住者の見守りや健康管理を、遠隔から効率的に行えるようになるとしている。
また、センサーは踏まれた圧力によって自己発電するため、バッテリーの寿命を気にすることなく長期間にわたって利用できるようになっている。
2018年12月から発売されたこのロケーションフロアだが、開発を始めた当初は苦労の連続だったという。
「建材ばかりを扱ってきた私たちの部門にとって、圧力センサーなどの電子機器類は全く未知の領域でした。そのため素人同然の状態から始めて、自分たちでセンサーを買ってきては試行錯誤しながら開発を進めました。また、建材は一度設置すれば、そのままの状態で長期間にわたって使われますが、電子機器は『一度設置すればおしまい』というわけにはいきません。そのためビジネスモデルの面で発想の転換が必要でした」(宮脇氏)
さらに、プロジェクトを推進する上では、社内のさまざまな部門の協力を取り付ける必要もあった。
「さまざまな部門のプロフェッショナルの協力を仰ぐ必要がありました。例えば、これまで接点のなかった建材の開発部門と、電子デバイスやシステムの設計部門をつなぎ、要件を擦り合わせていく調整を行いました。これにはかなり苦労しましたね。しかし最終的には、部門横断で多くの方々の協力を得ることができ、何とかプロジェクトを前に進められました」(藤川氏)
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