開発技術力強化のフェーズ2では、先進技術を採用した成果として、社内システム基盤のモダナイズを果たした。例えば上述したようにシステム統合基盤を内製開発し、開発生産性向上のためにマイクロサービス化、API連携化を図っている。
これまでシステムごとに実装していたユーザー管理やシングルサインオン、ファイル格納などの共通機能を、バックエンドサービスとして提供するように変更したそうだ。
また、「Amazon S3」「Amazon Redshift」「Amazon Aurora」「Amazon Elastic MapReduce(EMR)」といったマネージドサービスを活用してビッグデータ基盤を新たに構築し、これを中核としたデータの連係仕様の整備も行った。データの収集や蓄積、加工や活用を標準化することで、強力なデータ連携を実現する。
髙橋氏によれば、こうした取り組みを進めることで、「たいていのことは内製で実現できるようになった」という。その成果の一つが、フェーズ3のIoTデバイスの開発だ。具体的には、契約書、設計図書などの保管、持ち出しをICタグで管理するシステムである。「Raspberry Pi」をベースとし、追加基盤やケースを独自に設計して海外から調達し、スマートフォンアプリやクラウドアプリを内製開発した。
また強化学習を学ぶために、内製チームのAI開発担当者は「AWS DeepRacer League」にも参戦。第1回の「Virtual Circuit London Loop」では、世界6位の成績を収めている。
髙橋氏によれば、前田建設工業の情報システムセンターでは初めから目的意識を持って「組織の実力強化」と「技術力強化」に取り組んできたわけではなかったという。ただ、内製の取り組み自体は、情報部門を設立した当初からの文化とのことだ。
アジャイル手法を採用する以前、2000年代の前田建設工業では建設業向けシステムの外販事業に着手し、内製化を図って小回りの利く低コストな開発を目指した。しかし、サーバ環境の高コスト化やスパゲティコード、回帰テストなどに悩み、既存の設計、開発手法の限界を感じていたという。
「世界中のWeb開発者が同じ悩みを持っていましたが、その後のオープンソースソフトウェア(OSS)の発展によって、開発生産性に関する課題を解消できるようになりました。私たちは、OSSという巨人の肩に乗せてもらいながら、今日まで歩んできたのです。クラウドサービスが登場したことで、環境構築と運用という苦行から解放され、やりたいことだけに集中できるようになったのも重要なポイントです」(髙橋氏)
フェーズ1:アジャイル手法やクラウドなどの新技術の活用によって、前田建設工業の情報組織は自然成長的にバイモーダル化を果たし、柔軟性を獲得するに至ったのはすでに述べた通りだ。そしてフェーズ2:システム統合基盤、データ連携基盤の開発によって、内製開発チームの能力を全社ITのモダン化のために活用できるようになった。フェーズ1で作られた内製アジャイル開発チームから、フェーズ2ではIT部門全体へのフィードバックが発生した形となる。
その後、経営層により、ITを活用した生産性向上やオープンイノベーションを推進する経営戦略が策定され、情報システムの技術部門化(2016年)、オープンイノベーションを推進して外部の技術、知見を積極的に採り入れイノベーションの発生を目指す「ICT総合センター」の開設(2018年)に至ったというわけだ。
前田建設工業では、IT化を推進するため、ボトムアップとトップダウンの両立に注目してきた。開発チームはアジャイル手法で主体的なトライを繰り返して成果を出し、経営層は経営戦略にICT活用戦略を織り込む。「一方だけで効果は発揮できない」と髙橋氏は指摘する。
ボトムアップに必要なリソースとは、モチベーションや情熱だ。そして経営層は、ITを原動力にした一種の産業革命期にあること、ITに関する高い技術力とビジョンが経営の死活を分けることを認識し、経営戦略そのものがITを重視することが必要である。
現在の前田建設工業と髙橋氏は、「AIやデジタルトランスフォーメーションなど、新しい技術、概念をいかに全社へ展開し、実現していくか」という大きな命題を抱えている。アジャイル的な文化を社内へ拡大し、先進ベンチャーとの連携によるイノベーションの創出を果たすことを目指し、すでにAIアシスタントやAI開発サンドボックスなど、実用的なシステムも開発段階にあるという。
「前田建設工業のみで、社会価値を提供することは不可能です。既存事業の領域とは全く異なる分野の方々との共創、オープンイノベーションは必然です。ぜひ熱い思いを、私たちと一緒に実現してほしいと考えています」(髙橋氏)
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