「そう考えるのが自然じゃない? それに、本田支社長が判例や民法に妙に詳しいのも不自然よね。ちょっと調べて頭に入れた程度の知識なら、あんなに堂々と発言はできないはずだわ」
「そういえば、そうかも」
「もっとも不自然なことは、そもそもなぜいきなり開発を止めてしまったのかよ。いくら契約が遅れてるからって、2カ月で交渉は1回。それで、いきなり内容証明郵便を送り付けるなんてありえないでしょ?」
「確かになあ。もっと上の人に頼み込むとか、弁護士に依頼するとか、もうちょっと粘ってもよさそうなもんだよなあ……」
美咲が不意に足を止めた。白瀬もそれに合わせて立ち止まる。
「前に聞いたことがあるでしょ。バー『スレンダーリバー』のママから」
「?」
白瀬が首を傾げながら美咲の顔をのぞき込むと、美咲も真っすぐに白瀬を見つめ返した。
「不自然なことの裏には、下手くそなシナリオライターがいるのよ」
美咲の黒目に光が入って、いつもより輝いている。
「じゃあ、この騒動には最初からシナリオがあるってことか?」
「このプロジェクトを失敗させたい人間がいるんじゃない? それがルッツと組んだ、と」
「誰がそんな?」
「まだ分からないわ。でも、私たちがルッツに行ったとき、本田支社長は誰かと電話で話していたわね。そして、私たちがマルシェの件で来たと知ったとき、電話の会話を聞かれなかったか気にしていた。私にはそんな風に見えたわ」
白瀬の丸い目が、さらに大きくなった。
「そういえばあのとき、『時期』とか『いつまで続ける』とか話してたな。もしかしたらあれは、ルッツが開発を放りだした時期がシナリオと違うってことだった……」
「シナリオライターは、もう少しルッツに粘ってほしかったのよ。あまりにあっさりと止めたら不自然だからね。でも最初から開発を止めることが分かっていたルッツは、既に次の仕事を取っていて……だから早々に引き上げてしまった。あの事務所に人がいなかったのは、もうみんな次の仕事に取り掛かっていたからじゃないかしら」
「なるほど。筋は通るな」
「状況証拠ばかりだけどね。ねえ、もう1社付き合ってくれない?」
「いいけど、どこに?」
「シナリオの創造主。神を探しにいくのよ」
美咲は、そう言うとバッグからスマートフォンを取り出して話し始めた。
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