本件個別契約書においては、いずれも、発注者と受注者が協議した上で、1人月又は2人月相当と合意した作業を発注者の指示に従って行うことが本件改修作業の内容とされている。(中略)本件改修作業の内容は、本件個別契約の契約ごとに,それぞれ1カ月間又は2カ月間、担当者(略)を派遣し、(中略)本件POSシステムの改修作業に当該担当者を従事させるというものであったと解するのが相当である。
裁判所は、請負契約という表題であったものの、その実態は、いわゆる派遣契約であることを認めた。
契約書の表題が「請負」であることはもちろん、納品する成果物が定義されていても、指揮命令系統など作業の実態が派遣であるなら派遣契約であり、不具合の残存が費用支払い拒否の理由とはならないという判断だ。
裁判所は続けて、契約書の納品物として「動作保障された実行形式プログラム」が定められているという発注者側の主張についても、以下のように述べて、却下した。
確かに(中略)(契約書)には「動作保障された実行形式プログラム」が納品物である旨が定められており、また、(略)本件請負契約の報酬(略)の支払を発注者が本件POSシステムを第三者に販売した代金から配当する形で行う旨が定められ、さらに、ロイヤリティーの支払合意もされていることを認めることができる。
しかしながら、本件個別契約書(中略)を全体として見れば、(中略)その納品時におけるプログラムが動作保障をされたものであることを規定したものにすぎず、納品後に不具合の生ずることが一切ないことを保証する趣旨のものであると解することはできない。(中略)発注者の上記の主張は、採用することができない。
納品時に不具合がなければ支払いは行うべきで、その後に検出された不具合は別途対応でいいというのが裁判所の判断だ。
そして裁判所は最終的に「本件個別契約の契約ごとに、それぞれ1カ月間又は2カ月間、担当者を派遣し、発注者との間の協議を行いつつ、当該協議に基づく本件POSシステムの改修作業に当該担当者を従事させたものということができるから、本件改修作業を完成させたものというべきである」と結論付けた。
請負契約であるとの主張も動作保障という言葉の定義も発注者の主張は退けられた結果だ。開発作業の実態に鑑みれば妥当な判決だ。
名目が請負契約で成果物が定義されていても、作業の実態が派遣なら派遣として債権債務関係を整理する。動作保障は納品時のことであり、検収してしまえば、支払いを拒む理由にはならない。
裁判所のこうした考えは、契約では度々弱い立場に立たされる受注者にとって一安心というところかもしれない。
しかし、こうした問題を生む根本原因は「受注者側の営業担当者なり法務部門なりの弱さ」にある。「成果物」と「指揮命令」や「作業工数」が併記された契約書案などを見ただけで「あり得な〜い」と考える神経が受注者には求められる。
そんな危険な契約書を飲み込んででも受注したい気持ちについては、ITベンダーで営業を担当していた私には分からないではないが、このような紛争に陥ってしまえば、結局誰も得はしない。また、そうなる可能性が高いのが「成功率50%」ともいわれるソフトウェア開発の怖いところだ。
私は今、政府でITの導入を担当しているが、不利な契約条件には首を縦に振らず、交渉して条項を削除させるようなITベンダーも最近は珍しくなくなっている。せっかく、こうした判決もあることである。受注者は後で皆が苦しむことになるような譲歩をせず、粘り強く商談を続けてほしい。
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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