第240回 Intelのライバルはトヨタ? 「Moovit」買収でMaaS市場を狙う頭脳放談

IntelがMaaSを手掛ける「Moovit」を買収した。3年前の自動運転システムのMobileyeに続く、自動車関連の会社だ。Moovitの買収でIntelが次に狙う市場が見えてきた。

» 2020年05月21日 05時00分 公開

 みなさんも自分の身のまわりで、新型コロナウイルスの影響で突然売れたものがある一方、パッタリと売れなくなってしまったものがあることに気付いているのではないだろうか。

 突然売れ過ぎたものの代表は「マスク」だろう。IT業界でも、在宅勤務やオンライン学習などで、PC接続のカメラが品薄になったり、PCやタブレットに突然の需要ができたりしている。さらに、オンライン会議やお家での娯楽需要からネットワークのトラフィックやサーバ負荷が増えるなどの影響も出た。

 一方、ITでもオンラインの広告は景気の落ち込みを反映して減っているようだ。深刻な景気動向の中で、たまたま「プラス」側の需要が「向こうからやってきた」企業の場合、うまくその需要を受け止められれば、世界景気の落ち込みほどには影響が出ない感じがする。

 それに対して落ち込んでいる側は当然多い。ご存じの通り、飲食業や旅行業などサービス業がその代表だが、景気の落ち込みは多くの製造業も直撃している。最近も、日本を代表する製造業であるトヨタ自動車の減益見通しの発表が衝撃を与えたばかりだ。

Intelの子会社「Mobileye」とは

 しかし、よく言われる通り、ピンチはチャンスでもある。最大級のピンチにさらされているはずの「自動車業界」で、このタイミングで打って出た会社がある。「Intel」の子会社としての「Mobileye(モービルアイ)」だ(Intelのプレスリリース「インテル、モービルアイのMaaS事業を加速」参照のこと)。

 Mobileyeをご存じない方に説明しておこう。Mobileyeは、AI(人工知能)を使った自動運転システム、ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)の有力メーカーである。クルマに後付けできる衝突警報/車線逸脱警報装置などの製品が日本にも入っているが、欧州の自動車メーカーで採用しているところが多いようだ。本拠地はイスラエルにある。現在に比べて単純だった自動ブレーキのころから製品を販売している「自動運転業界の老舗」といっていいだろう。

 Intelは、半導体工場や開発拠点を置くなど、イスラエルと縁が深い。そのイスラエルでMobileyeがAIベースの技術でしっかり実績を積み上げてきているところを評価して買収したのではないかと想像する。

IntelがMaaSを手掛ける「Moovit」を買収

 さて今回、Intelは3年ほど前のMobileyeの買収に続き、またイスラエルの会社を買収した。社名を「Moovit(ムービット)」という。MaaS(Mobility as a Service)の会社だ。

 この買収をはた目から見れば、Intelがというよりも、Intelの子会社となったMobileyeが仕掛けたようにも見えるのだ。ただ、Mobileye自体の顧客は業績悪化が見込まれる自動車業界にある。これからの不景気の大波を考えれば、Mobileyeの業績にも影響大ありのはずで、日本的に考えたら打って出られる状況ではないんじゃないかと想像する。

 しかし、親会社のIntelの経営の柱はデータセンターにPCといったところだ。景気の影響がないわけがないと思うが、どちらかというと追い風を取り込めている側じゃないかと思う。積極的に動ける余地(端的に言えば金だが)があったはずだ。おかげでこういう買収が可能となったと見る。

Moovit買収の意味

 さて、この買収の意義なのだが、それを示す非常に分かりやすい図をIntel(Mobileye)が用意してくれていた。トヨタ自動車が「100年に一度の大変革」にあるというように、自動車業界は自動運転とMaaSへと大きく舵を切りつつある。そのうちMaaSの世の中になるのだ、ということは何となく理解できても、まだまだMaaSの世界を実感できていない筆者のような者には説得力のある図である。

MobileyeとMoovitによるMaaSのスタック MobileyeとMoovitによるMaaSのスタック
IntelがMoovitを買収することで、MaaSを実現するためのスタックが下から上までそろうという(図は「INTEL ACQUIRES MOOVIT」[PDF]より)。

 たぶん本稿を読んでいただいている方々は、ネットワークにおけるOSIの7階層モデルをご存じだと思う。そういう背景知識があって、この図を見ると即座に説得されてしまうというべきか。

 MaaSの5階層モデルなのだ。そこにおいては物理層に当たる自動運転車から下位の2階層半をMobileyeが担当し、実際のMaaSのアプリケーション層側の2階層半をMoovitが担当している。

 つまり、両社の親会社たるIntelは、MaaSのフルスタックを提供できるということだ。将来のMaaSな世界は、この目論見通りに進めば、Intelの手中にあることになる。ある意味、「big picture(ビッグピクチャー:大局図)」というくらいの大風呂敷だ。しかし、Intelの投資部門「Intel Capital」の「投資担当」の風呂敷ではなく、れっきとした自動車業界のインサイダーであるはずのMobileyeが仕掛けて広げた風呂敷だと確信している。「INTEL ACQUIRES MOOVIT」によれば、その風呂敷(TAM:Total Addressable Market、最大の利益機会)たるや230Bドル(2300億ドル)、約25兆円である。

MaaSの5階層モデルの中身

 分からないなりに、MaaSの5階層モデルを見てみたい。最下層のLayer 1は「物理層」だ。ここはMobileyeが自動運転車を担当する。

 その上に構築されるLayer 2は「HD MAPPING層」だ。自動運転車がセンスした実世界の情報をコンピュータ世界の中に刻一刻と変化するモデルとしてマッピングしていく階層のようだ。ここも担当はMobileyeである。

 Layer 3は、「TELE OPERATION and FLEET CONTROL CENTER」とある。ここは1台1台の車両を遠隔操作するとともに車両群としての全体制御を担うデータセンターのようなものに見える。この部分は、MobileyeとMoovitの両方が担当することになっている。ネットワークの場合でもOSIのある階層を複数のプロトコルに分割することはある。そんなイメージで車両に近い方をMobileye、データセンター側をMoovitが担当する感じなのだろうか。

 Layer 4は、「MOBILITY INTELLIGENCE PLATFORM and SERVICES」だ。当然ここから上はMoovitが担当する。この部分はOSIのモデルだとプレゼンテーション層という感じに見える。アプリに対してより下のLayer 3階層を使うための基盤を提供するのだろうか。

 そして、最上位に「MOBILITY USERS and PARTNER NETWORK」とある。Moovitが提供するLayer 4のサービスを応用して、実際のMaaSのサービスビジネスを展開する「パートナー会社」とその顧客をつなげる。顧客からはスマホのアプリに見えるのだろうが、スマホを操作すれば自動運転車が迎えに来て、所望の場所に連れて行ってくれる、というわけだ。

 ビジネス的にいえば、Moovitは上位層において、パートナー会社からMoovitのサービスに見合ったお金を得るのだろう。一方、Mobileyeにすれば、パートナー会社が使用する自動運転車両の中にMobileyeのデバイスが搭載されることになるので、下位の層から収益を上げることになる。

 そして、真ん中の部分は両社にガッチリ囲い込まれてしまう。一度はまったら逃げ出せないビジネスモデルに見える。まぁ、ビジネスが立ち上がったら、この辺の階層間のプロトコルも「標準化」されるのかもしれない。先行してインフラを作れたところが、世界シェアの8割、9割を持っていくというのはあり得るシナリオである。

Intelは今度も「ピンチはチャンス」を生かせるか?

 Intelは、過去においても不況の中の逆張りで積極的に動いて成功したことがある。何度もあった半導体業界の不況のある回のことだ。

 当時、業界各社は16bitプロセッサの次として32bitプロセッサの開発に血道をあげていたのだが、そこを不況が襲った。多くの会社が32bitの開発を中止したり、遅らせたりする中で、他の事業を整理してそこに「注ぎ込んだ」会社があった。Intelである。

 結果、不況が去ったとき、Intelは32bitプロセッサで他社を圧倒し、現在に至る覇権の元を築いた。最近は少々怪しいものの、その賭けの成果で30年間ほどやってきたといっても間違いであるまい。

 今回は、自動車業界の地殻変動につけこんで、そこに賭けようとしているのだろうか? そのTAMや230Bドルである。これが大成功したらまたしばらく安泰なくらいな大きな賭け、であるし、その暁には、Intelはもはや半導体会社という範疇(はんちゅう)では捉えられなくなるかもしれない。そのときIntelの最大のライバルは、半導体会社ではなくて「トヨタ」や「フォルクスワーゲン」になっている?

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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