こんな裁量労働制は嫌だ!「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(85)(3/3 ページ)

» 2021年03月15日 05時00分 公開
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東京地方裁判所 平成23年10月31日判決から(つづき)

Yはシステムエンジニアであったが、「1 本来プログラムの分析又は設計業務について裁量労働制が許容されるのは、システム設計というものが、システム全体を設計する技術者にとって、どこから手を付け、どのように進行させるかにつき裁量性が認められるからであると解されるが、X社におけるシステムエンジニアYの業務は、他社からの下請けであり、システム設計の一部しか担当しておらず、その業務につきかなりタイトな納期が設定されており、業務遂行の裁量性はかなりなくなっていたといえること」「2 システムエンジニアYは、X社において、プログラミング業務につき未達が生じるほどのノルマ(月々約25万〜45万円相当分)が課されていたこと」「3 システムエンジニアYは、上司から業務の掘り起こしをするように指示を受けて、取引先を訪問し、発注の依頼をしており、営業活動にも従事していたといえること」を挙げる。システムエンジニアYのこうした業務を全体として見た場合、労働基準法施行規則24条の2の2第2項2号(情報システムの分析又は設計の業務)に該当するとはいえない。

 裁判所は3つの理由を挙げてソフトウェア開発企業の反論を退け、システムエンジニアの訴えを認めた。

 私は、法学者ではなく裁判所の判断を論評する立場にはないが、一人のソフトウェア労働者として、この判決には少なからず同意する。

 労働基準法施行規則には確かに、情報システムの設計、つまりシステムエンジニアの仕事は裁量労働にできる旨、記されている。しかし本件の場合は、労働者が作業の順序や進め方を自らの裁量で決められる状態ではなく、裁量労働とはいえない。仮に契約上、裁量労働制となっていたとしても、実態として裁量が許されない状況で働くならば裁量労働制は認められないということだ。

おかしな納得をしてはいないか?

 世のソフトウェア労働者をたきつけるつもりはないが、労働の実態と契約条件に差異があるならば、その是正を求める権利が労働者にあることを、皆に知ってもらいたい。

 裁量労働制が認められる条件ではないのに、そのような雇用契約となっている。労働者に当然に認められている有給休暇を取りにくい。会社としては男性の育児休暇を推進しているのに、現場では「君がいないと困る。男が休みを取ったって何ができるわけでもないだろう」とネガティブな返答をする――この辺りは、人権意識の強い欧州などに比べて、日本は遅れているという感じは否めない。

 もちろん、正面切って会社にケンカを売るようなことはしにくいだろう。私だってそうだ。しかし、このまま黙っていれば、われわれの次の世代、そのまた次の世代になっても日本のソフトウェア産業は変わらないだろう。

 直接会社に言いにくいことでも、会社の組合や労働基準局、インターネットのさまざまな相談窓口に相談する手がある。おかしいと思うことはおかしいとハッキリ言うべきだ。そうすることが、自分と自分の家族、次の世代のエンジニアたち、さらには、IT業界全体の将来にもきっと良い影響を与えるはずだ。

 そんな少し大仰なメッセージも込めて、今回はこの判決を取り上げた。

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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