企業専用の5Gネットワークとして「ローカル5G」が注目を集めている。しかし、企業のニーズに合っているのは必ずしもローカル5Gではない。なぜだろうか。今回はプライベート5Gの先取りともいえるサービスを導入する企業の事例から、その理由を紹介する。
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筆者は2021年4月から牧野フライス製作所で5Gネットワークの設計・構築に携わっている。同社は工作機械とそのサービスを提供するメーカーだ。本連載「プライベート5Gの先取り、『KDDI 5G+AWS Wavelength』に注目せよ!」で紹介した「KDDI 5G+AWS Wavelength」による5Gネットワークの構築を現在、実践している。
今回は同社が2021年7月21日に発表した5Gネットワークの事例から、企業のニーズに合った5Gネットワークとは、どのようなものなのかを解説したい。
牧野フライス製作所が導入する5Gネットワークの目的は、自社開発した製造支援モバイルロボット「iAssist」を安定的、効率的に運用することだ。構成は図1の通り。
2021年12月に完成するネットワークは図1にある3つのソリューションを含む。
(1)「工具搬送自動化」
工具を自動搬送するiAssistでマシニングセンタの連続稼働を実現
(2)「ユニット組立自動化システム」
「ユニット自動組立ロボット」への部品入庫、完成品払い出しをiAssistで自動化
(3)「iAssist運用管理システム」
iAssistの稼働状況を5G対応のiPhoneでモニター
5Gは方式によって「NSA」(Non Stand Alone)と「SA」(Stand Alone)の2つに分かれる。将来普及が見込まれる5Gコアネットワーク(コア)の製品が登場する前に、5Gネットワークの構築を可能にするのがNSAの狙いだ。NSAでは4G(LTE)コアを使用し、制御信号は4G基地局を使う。データ通信のみ5G基地局を使用する。
図1の構成ではNSAを採用し、4G基地局とSub6(3.7GHz)の5G基地局のペアを15カ所に設置する。Sub6は6GHz以下の5G用の電波で、周波数が低いため障害物の影響を受けにくく、広範囲に電波が届く。iAssistは工場内を広く移動するため、Sub6を採用した。ミリ波は28GHz帯という高周波数で電波の直進性が強く、カバーできる通信範囲が狭いため、採用していない。
コア設備としてKDDIの4G網の設備を使用する。iAssistの管理や認証を行うサーバはAmazon Web Services(AWS)が提供するインフラストラクチャ「AWS Wavelength」上に構築する。AWS WavelengthとAWS、「牧野フライスネットワーク」は同一のIPアドレス体系を使う1つのイントラネットとした。
この5Gネットワークはこれまでにない3つの特徴があるため、「5G・MAKINOモデル」と呼んでいる。
(1)高いコストパフォーマンス
5Gに必要な設備を全て自前で用意するローカル5Gと比較して、構築費用を大幅に抑制できるため、コストパフォーマンスが高い。高価なコア設備を自社で持たずにKDDIの4G・5G網の設備を使うこと、4G基地局を5Gのアンカーとして使うだけではなくVoLTE(Voice over LTE:4Gを使った高品質電話)にも活用して、設備の費用負担を軽減すること、などにより構築費用を低く抑えることができた。
将来、4G設備が不要で5Gコアと5G基地局で構成する形態であるSAへと環境が変わっても、4G基地局はVoLTEで継続利用できるため無駄にはならない。
(2)AWS Wavelengthによる低遅延アプリケーションの実現
iAssistはKDDIの4G・5G網内にあるAWS Wavelength上の仮想サーバと、インターネットを介さずに直接通信ができるため、低遅延アプリケーションを実現できる。
(3)スマートフォンの活用
ローカル5Gの周波数帯域をそのまま利用できるスマートフォンは2021年7月現在、存在しない。しかし、本ネットワークではキャリア5Gを利用するため、iPhoneをはじめ多くのスマートフォンを使用できる。パケット通信によるモニタリングや操作にも使える他、VoLTEによる高品質な電話も利用できる。牧野フライス製作所は事業所で使っている多数のPHSを本ネットワークの構築を機に「iPhone」にリプレースする。
5Gには誰もが知っている3つの特徴(超高速、超低遅延、多端末接続)がある。だが、企業が求める5Gは少し違う(図2)。
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