阿部川 きっと皆感謝したでしょう。その後、ヒューストン大学に進学されます。専攻は電子工学ですね。
シュワルツ氏 はい。機械工学や応用数学などが学べてとても楽しかったです。それまでとは違った考え方を学べたことに今でも大変感謝しています。現実の世界の建造物、例えば橋などのエンジニアリング的側面を理解できました。自分一人であれば勉強しなかった分野だと思います。
私はどちらかといえば一人で学ぶことに長けていると思いますが、「幾つもある可能性を検討しながら答えを見つけていく」という分野を一人で学ぶのは難しいですよね、どこから始めたら良いかが分からないから。
阿部川 おっしゃる通りです。大学では他にどういったことを学ばれましたか。
シュワルツ氏 それまで学ぶ機会がなかった多くのものを勉強しました。例えば数学と歴史、統計学、土木工学、材料工学あたりでしょうか。それらの科目が直接現在の仕事に役立つかといえばそうではないのですが、私の興味を導いてくれましたし、知らない物事をどうやったら学ぶことができるのか、ということを教えてくれました。
阿部川 知らないことをどう学ぶのか。これはとても重要なことです。大学での学びの目的は「どうやったら学べるようになるか」ですよね。
シュワルツ氏 その通りです。現在、新入社員を雇う際に大切だと思っていることは「全く新しいことが必要になったときに、この人はそれを学べる人だろうか」という点です。知識があるかないかより、ずっと大切なことです。
阿部川 学びが多い、とても有意義な大学生活だったようですね。卒業後にしたいことは決まっていましたか。
シュワルツ氏 あまり大きな声では言いにくいのですが、「ソフトウェアのコードを書くことだけは仕事にしたくない」と当時は思っていました(笑)。
阿部川 なんと(笑)。それはなぜでしょうか。
シュワルツ氏 プログラミングをするより、ハードウェアのエンジニアリングの方に興味があったからです。
そのころはインターネットの普及期で“つながる世界の実現”といったことがよく言われていました。そこから、ハードウェアエンジニアのネットワークを作りたいと考えるようになりました。
ですから当時はプログラミングより、インターネットの接続がうまくいかない場所にどうやってネットワークを広げるか、世界全体をどうやってつなぐかということが私の最大の関心ごとでした。
阿部川 デビッドさんのように考える人がいたおかげで、世界中はインターネットでつながることができました。
シュワルツ氏 そうですね、私もさまざまな人とつながることができています。そして皮肉なことに現在の仕事は、当時一番やりたくなかったソフトウェアの仕事です(笑)。もちろん今ではソフトウェアの仕事に大変な魅力を感じています。ソフトウェアを作る仕事こそ、“人類ができる最も複雑な仕事”だと考えているからです。
ソフトウェアはすぐに結果が分かります。言い換えれば「やったことがすぐに報われる」ということです。結果が出るまで待っている必要はない。自分が作ったものであれば、別に誰から承認を得なくとも完成させることができる。私にとってはその点がソフトウェアの「病みつきポイント」です。
阿部川 大学卒業後、ご自身で会社を立ち上げたのですか。
シュワルツ氏 はい。ネットワーク配信の新しいアイデアがあったので、それを実現したくて会社をつくりました。ただ私の未来予測は全く間違っていました。どうやら私はその手の才能には恵まれていないようです(笑)。
阿部川 それは残念でしたね。どういったアイデアだったのですか。
シュワルツ氏 私が考えていたことは「ネットワークの高速化によるコンピュータの性能向上」です。ムーアの法則(ゴードン・ムーア氏が発表した「半導体の集積密度は18カ月から24カ月で倍増する」という経験則のこと)はご存じだと思います。しかしこの法則は有効ではない、という話は毎年のように聞こえてきます。少なくとも1970年代には既にそういった話はありました。
そこで私は「プロセッサの速度に限界が来るのであれば、ネットワークの速度がコンピュータの性能を上げる重要な要素になる」と考えたのです。起業した会社でネットワークの処理速度を測定したり、他のソリューションを結び付けたりして、ネットワークに関する問題を一つ一つ検証しました。とても得難い経験でした。ただ、世界は私が考える方向には向かいませんでした(笑)。
阿部川 確かに、ムーアの法則は現在も有効です。
シュワルツ氏 プロセッサは現在、ユーザーが求めている以上の恐ろしく速い処理速度を誇っています。むしろ半導体の企業は、現在のプロセッサのスピードに十分満足している顧客に対して、いかにより速い半導体を販売するかに苦心しています。
私自身、従来は新製品が出ると、2年おきぐらいにはコンピュータを買い替えていました。新しい方が当然技術的に進んでいたからです。一応手元に最新のものはありますが、毎日使うものはもう6年くらい同じものを使っていて、それで何の支障もありません。それでもコンピュータを買い替えるというのは、ある種のぜいたくかもしれません。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.