RippleのCTOがこっそり教える、ソフトウェアの「病みつきポイント」Go AbekawaのGo Global!〜David_Schwartz編(前)(3/3 ページ)

» 2021年08月10日 05時00分 公開
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「信頼できる仲間」の重要さに気付いた医療デバイスの開発

阿部川 なるほど。次に「Cardio Phonics」という医療デバイスの開発に携わりますね。どんな製品だったのですか。

シュワルツ氏 端的にいえば「患者の音」を視覚的に表現するデバイスです。

 医者が聴診器で心臓の音を聞くとき、医師の聴力によって聞き取れる音に違いが出ます。聞き取ることが微妙な呼吸器科ではなおさらです。「以前の音と今の音はどう違うのか」を比較することも困難です。

 そこで私は、その音を視覚的に表現するデバイスを作ったのです。どのようなリズムでその音が出ているか、どのくらいの音の大きさや高さかなどをある期間にわたって比較できます。このデバイスを使えば、患者さんの1年前の状態と現在の健康状態を比較しながら診察するといったことも可能です。

阿部川 素晴らしいデバイスですね。市場の反応はどうでしたか。

シュワルツ氏 ちょっとお話ししづらいところなのですが、トラブルがあり、その製品は日の目を見なかったのです。製品自体はできていたのですが、ビジネスパートナーが警察沙汰になるトラブルを起こしてしまったのです。

阿部川 それはそれは……。とても驚かれたでしょう。

シュワルツ氏 はい。ただ正直、今となってはもう何があったのか詮索したくないです(笑)。そんなとき、フロリダにいる友人から「一緒にビジネスをしないか」という誘いがありました。渡りに船とはこのことだと思い、その足でフロリダに移り住みました。

阿部川 まさに渡りに船ですね。製品が市場に出なかったのは残念でしたが、トラブルに巻き込まれなくて何よりでした。

シュワルツ氏 そうですね。ただこの経験から私は学びました。それは「人間の質が企業の成功を大きく左右する」ということです。たとえあなた自身が、素晴らしい仕事ができたとしても、あなたの周りにいる人々の質が悪ければ成果は上がらないのです。どんなに製品が素晴らしかったとしても、質の良いメンバーとのチームワークがなければ成功しません。

 仕事をただこなすだけのものとは考えずに、仕事にプライドを持ち、自身の能力を高めようとする人々と仕事ができるかどうかです。そのような人々と一緒に仕事ができれば、世界だって変えられます。そして順次、そのような質の高い人々を仲間に加えていけばいいのです。

阿部川 全くの同感です。

シュワルツ氏 「エンジニアはお金のために仕事はしない」と雑誌などの記事に書かれていますが、それは違います。エンジニアであっても、ある程度の実質的な報酬の見合いがなければ仕事をするモチベーションは上がりません。口先だけで、「よくやってくれた」「君のおかげで会社がうまくいって、素晴らしい」と言って、しかし他の人や競合他社よりも給与が20%低いとなったらどうでしょう。仕事が正しく評価されない限り、人は仕事にプライドを持つことはできません。

 残念なことですが、多くの企業が「補充できるパーツ」のように従業員を扱っています。このような企業の環境の違いをどう説明したらいいか、これがどれほど重要なことかを学ぶことができて幸せだったと思います。世界を変えたいと思ったら、そう思う従業員を増やさない限りは変えられませんから。

阿部川 変えられると信じる人だけが、実際に物事を変えられます。

シュワルツ氏 その通りです。それと口先だけではなく、行動で示すことです。言葉通りの行動が伴うことです。口だけでノイズを出すことは誰でもできます。「一所懸命に働いてくれ」というのは簡単ですが、そう説いた人が仕事をしていなかったら、嫌なやつだと思われるだけです。

画像 「大切なのは口先だけでなく行動で示すことです」

阿部川 行動とそれに伴った実質的な結果ですね。それが報酬だったり、肩書だったりするのでしょうね。

世界をつなぐという壮大なビジョン

阿部川 フロリダ移住後、Internet Gateway Connectionに勤務されます。

シュワルツ氏 Internet Gateway Connectionはインターネットプロバイダーで、恐らく世界で最も早くISDN(Integrated Services Digital Network)のサービスを一般の人々に提供した企業だと思います。当時は、56kbpsモデムでネットワークにつないでいましたので、接続が不安定という課題がありました。その課題を解決する手段が、電話回線のデジタルラインであるISDNでした。

 当時、世界でも有数の長距離電話回線を所有していたのがSprintとMCIという企業でした。奇遇にもこの2社は同じビルにオフィスを持っており、それぞれ違う方向を回って、地球上に電話のネットワークを構築していました。そこで私たちは「この2つのネットワークを相互に交流させられれば、ユーザーに多くのベネフィットを与えられる」と考えました。いわゆる「ビッグアイデア」(従来の思考からは考えられなかった、大きな視点に立ったアイデア)でした。

阿部川 なかなか壮大なビジョンですね。

シュワルツ氏 Internet Gateway Connectionは小さなインターネットプロバイダーでしたからある意味、クレージーでしたね。ただ、大きなビジョンを持って今を変えようとする良い試みではあったと思います。残念ながらリーダーシップがうまく働かず、成功には至らなかったのですが、このときから大規模ネットワークやオリジナルのネットワークの構築を考えるようになりました。

 というのも、ちょうどそのころインターネットが多くの人々の間で知られるようになったからです。広告にWebサイトが初めて載ったときのことを覚えています。New York TimesやForbsなどのメディアがそういったWebサイトを紹介しました。てっきり一部の人のものと思っていたインターネットが一般の人のものになったんだと感じました。ですから自分もこれを加速させる立場にいたいと思いました。

 しかし当時はサンフランシスコであっても、例えばビデオ会議ができる場所は数カ所しかなかったと思います。普通の電話と変わらなかったので1分間で6ドルから10ドルという高いコストがかかりました。ですから人と人を結び付ける、もっと手軽で、しかもコストのかからない方法が待ち望まれていたのです。この状況を変えていく、人々を結び付ける技術を開発したいという思いが強くなりました。

Web Master Incorporatedで技術とビジネスが対立

阿部川 その後、Web Master IncorporatedのCTOになったのですよね。

シュワルツ氏 はい、クラウドストレージやメッセージングシステムを扱う会社でした。顧客には米国の放送局「CNN」や国家安全保障局(NSA)など大手の企業や団体がありました。

阿部川 ビジネスは順調だったのでしょうか。

シュワルツ氏 開発した製品は素晴らしかったのですが、サポート体制に問題がありました。

 大きな取引となれば24時間、365日のサポートが必要でしょうし、データセンターに専属の人を配置しなければなりません。たった2、3人のテクニカル要員では間に合いません。条件に見合った体制を整え、しっかりと対応して契約を継続させて利益を得ようと考えていました。

 ですが、そのことをCEOに話すと「違う、違う、契約やサポートはオンラインセンターの人間に任せて、君と私はオフィスにいて会社を運営しよう」と。何度もCEOの説得を試みましたが、彼は分かってくれませんでした。

 ビジョンも、それを実現させる力もありながら、とても残念なことでした。暗号化のバックアップやセキュアメッセージングがまさに始まったばかりだったのに、それを理解できない人たちがビジネスに関わってしまいました。その意味では前職同様、私は過去からうまく学べていなかったのかもしれません。

阿部川 そうした状況で、次にやりたいことを探しているときにRippleに出会った、といった感じでしょうか。

シュワルツ氏 少し違いますね。私たちの出資者(投資家)には不動産業者が多かったのですが、当時は不動産市場が暴落していて、投資家は「不動産の負債を投資で埋める」といった状況になっていました。そのため投資家からは「売り上げが出たらすぐ投資に回し、次の売り上げや利益を追え」といった要求が強くなっていました。それでいて売り上げが伸び、会社の株価が上がると今度は投資家側の資金が枯渇する、といった状況でした。こうした市場の背景があり、登場したのが仮想通貨(暗号資産)だったのです。

阿部川 なるほど、暗号資産の登場が影響しているわけですね。



 とにかく何でも試行錯誤して「世界の仕組み」を知りたかった少年はやがてインターネットに出会い、頭の中にあったアイデアを次々と形にしていく。後に「多くの失敗をした」と語るデビッド氏だが、そのまなざしは常に前を向いていた。後編はRippleでの取り組みとエンジニアのキャリアについて話を聞いた。

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