事件の概要から見ていただこう。
神奈川県と静岡県にデータセンターを置くISP事業者が、両者を統合した新サービスを企図して、2つのデータセンターを統合した新しいISPシステムの開発をITベンダーに依頼した。
依頼内容は新システムの要件定義・基本設計、詳細設計・構築を請負契約で行うというもので、要件定義・基本設計まではスケジュール通りに進んでいたものの、要件定義書・基本設計書には詳細設計以降に検討を先送りしたものが含まれていた上、定義した要件についてもISP事業者とITベンダーの間に理解の齟齬(そご)がありプロジェクトは混乱した。
両者は話し合いを続けたが、結局、ISP事業者は、完成の見込みはないとして契約を解除し、ITベンダーを相手に損害賠償を求める訴訟を提起した。
この裁判の中でITベンダーは、プロジェクト混乱の一因にはISP事業者が当初要件になかった「統計・カスタマーツール」機能の取り込みという「契約外作業」を強要したためと主張したが、ISP事業者側は、当該機能は、プロジェクト実施中に変更された要件定義書(新要件定義書)で定義されており、契約外作業ではないと反論した。
少し補足すると、契約の範囲内で追加機能の要件の再定義や開発は進められ、契約変更は行われなかった。また、このプロジェクトは要件定義以降全ての工程を単一のベンダーが請け負ったが、それ以前のRFP(Request for Proposal:提案依頼書)の作成にも同じベンダーが参加していた。追加機能はRFPには記載されていなかったが、旧システムには存在した機能だった。
私は、もともとITベンダーのエンジニアだったので、判決文の冒頭を読んだときにはベンダーと同じ考えを持った。要件が追加されれば機能が増えて、作業工数や費用を追加するのは当然だと思ったのだ。ただ、このプロジェクトは要件定義から構築までの全てをベンダーが請負で契約している。それを考えると、少し話が違ってくる。
まず、要件定義を請け負っているということは、要件定義書に不備があれば、それはベンダーの責任ということになる。「統計・カスタマーツール」機能の欠落を要件定義書の不備と考えるかどうかによって結論は違ってくる。
さらに大きな問題は、ベンダーが「全てを」請け負っている点だ。
要件定義を含む全工程を請け負うということは、顧客から言われた要件を満たせばいいものではなく、顧客がシステム開発によって実現したい目的自体にも一定の責任を負うことになる。
本件の場合は、「2つのデータセンターを統合して、これまでと同等かそれ以上のインターネットサービスを提供でき、かつ安定的に運用できるシステムが出来上がること」全体に責任を持つということだ。単に定義された機能要件、非機能要件を実現すればいいものではないし、システム化の目的のために行われる機能の追加、変更も契約の範囲内(契約上の費用と納期)で行う義務がベンダーにあったと考えることもできるのだ。
しかし要件定義は顧客の要望を基に行っているものであり、後から気まぐれに要望を追加されても追加費用なしで対応しろというのは、酷な気もする。
読者はどのようにお考えだろうか。判決の続きを見てみることにしよう。
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