(本件システム開発はウオーターフォール型であるので)作業の範囲は、直前の工程の成果物により定められることになり、(中略)詳細設計以降の工程については、新要件定義書(中略)に基づいて実施され(中略)不完全な旧要件定義書などに基づいて締結された個別契約によって開発の範囲が画されるものでないのはいうまでもない。
(中略)
被告は、要件定義など請負契約において、これらの業務を定額の代金で一括して請け負ったものである以上、その範囲内にある作業を実施する限度においては、それが当初の想定を上回るものであるとしても、直ちに契約の範囲外のものということはできず、これについて追加代金が発生することにはならないと解する。
裁判所は要件の追加とそれに伴う作業は契約範囲「内」であると判断し、ユーザー企業の主張が認められた。
この裁判には他にも多数の論点があり、全体としてはどちらかの主張が全面的に認められたものとはならなかった。ただ、この点についてだけは裁判所もかなりハッキリとベンダーの言い分を退けている。
本件は、要件定義から構築までの作業を一括で、請負で契約してしまったところに問題がある。
前述した通り、全てを請け負ったら、目的達成のために必要なことは、たとえ後付けで加えられたとしも契約の中で行わなければならない。追加費用も取れない可能性が高いし、それが原因でプロジェクトが遅延しても責任を持つのはベンダーの方だということになってしまう。
もちろん、だからといって、ユーザー企業が何を言っても対応しなければならないというものではない。システム化の目的(契約の目的)と無関係なものに対応する必要はないだろうし、ベンダーという業態から考えて非常識というものもある。また、仮に本来行うべきものであっても、あまりに過度な負担を強いるなら、ベンダーが断れたり、別契約としたりできることもあるかもしれない。この辺りは個別判断になると思われる。
ただ、一括で請負契約を結んでしまうと、こうした危険があるということを、本判決は示している。
被告ベンダーは大手企業であり、どちらかといえば契約についても開発についても慎重の上にも慎重を期すタイプの会社だ。そうした会社をして、なぜ、このような契約を結ばざるを得なかったのか。顧客との何らかの力関係があったからか、インターネットサービスプロバイダーという事業にそれなりの自信があったのか、判決文からはそこまでは読み取れない。
実は、プロジェクトの終盤になって「要件定義部分を準委任契約に変更してほしい」との申し入れも行ったようだが、残念ながら全ては後の祭りだった。
いずれにせよ、こうした例を見ると、要件定義工程までを請負で契約してしまうことはお勧めできない。
「請負契約は全ての責任を負うもの」と考え、その上でリスクテイクを十分に行うのでなければ、恐ろしくてとてもではないができかねる、というのが私の実感だ。
この裁判で争われたのは合計で数十億円という金額だ。会社の規模によっては経営を揺るがしかねないほどの金額を支払う羽目になるかどうかが、契約が請負か準委任かによって左右されるのである。この辺りの判断は会社全体で慎重に行うべきだと思うが、いかがだろうか。
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった。
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