業績の悪い社員を解雇して何が悪いんですか?「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(93)(3/3 ページ)

» 2021年12月20日 05時00分 公開
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昭和は遠くなりにけり

東京地方裁判所 平成31年2月27日判決から(つづき)

本件プロジェクトに関する原告社員の職務遂行は不完全であったが、結果としては(中略)当初設定された目標を達成しているし、原告社員の評価は最低レベルから脱しており、業務成績を改善する余地がないとはいえない。

(中略)

(また、)原告社員のコスト削減目標額は(中略)必ずしも達成が容易なものであったと見ることはできないし、原告社員に対してコスト削減業務を遂行するのに十分な期間が与えられていたかについてはやや疑問がある。

(中略)

本件雇用契約締結の経緯(けいい)を見ても原告社員に一定の高度な職務遂行能力が備わっていることが当然の前提とされているとも解されないこと(など)からすれば、被告会社は本件解雇に先立って業務改善指導を行うとともに、原告社員の能力、適性などに鑑みて配置転換を検討、実施する必要があったというべきであるし、配置転換だけでは業績改善に至らないような場合には、降級や役職の引き下げを検討ないし実施して、業績改善を試みる必要がある。

 裁判所の判断は、原告社員の解雇を不当と断じるものだった。簡単に説明すれば、社員を雇用するなら、もっと真摯(しんし)に社員のパフォーマンス向上に努めるべきで、これを行わずに曖昧な就業規則を拡大解釈して解雇するような勝手は許されないということだ。

 被告企業もPIPという仕組みで原告社員の業績を引き上げようとした節は見られるが、その成果が上がり始めたところでの解雇はいかにも中途半端だし、これでは原告社員の納得も得られない。

 今は、企業は即戦力となる社員を経験者採用で雇い、社員もその企業で得たいスキルや知識、経験を獲得できたら、ステップアップを目指して次の会社へ移っていくことが増えた。そんなドライな関係が合理的だしクールだと考える企業も人も多いだろうし、私もその考えを否定するものではない。

 しかし、そんな時代であっても企業には社員を守る責務がある。これはもちろん社員個人のためでもあるが、重要な資源である社員を簡単には切り捨てずに済むよう最善を尽くすのは、経営面から見ても当然のことである。

 社員のパフォーマンスが低ければ、まずそのことを自覚させた上で、再教育をしたり、より能力の発揮できる仕事に就かせたりすること、それがこの裁判のような不幸を招かないように、雇用者がまずやるべきことではないか。本件においては、そうした企業側の対応が十分であったのか、極めて疑問といわざるを得ない。

 それ以前に、会社というものは社員の人格をもっと大切にすべきではないか。せっかく成績を上げかけていた矢先の解雇通知は、それまでの本人の苦労を踏みにじるものであり、原告社員の自信喪失にもつながる。その虚無感と自己不信を拭い去るためにはどれだけの時間を要することだろう。新しい職場でも劣等感にさいなまれ、私生活にも影響があるかもしれない。一体、会社というものに、個人をそこまでぞんざいに扱う権利があるのだろうか。

 解雇する場合も、業績改善を本当に諦めざるを得ない状況であれば、その旨を説明した上で、これは社員の能力の欠如ではなく会社との相性の問題であることを(実際、成績の上がらない社員というのは多くの場合そうだ)説明すべきだし、原告社員が疑ったように、人員整理の都合であれば、それを正直に説明すべきだ。

 時間はかかるかもしれないし、その場では本人の納得は得られないかもしれない。しかし、それらをすることで、その後の社員のプライドや自信、それに自己改善の意識は全く違ったものになるはずだ。それが、人生において最も活動的な時間の大半を会社に預けてくれた社員への礼儀というものではないだろうか。

 「会社は家族、社員は宝」――そんなことを言っていた昭和の社長は暑苦しくうっとうしいものでもあるが、彼らは、社員をこのようにして傷つけることを最も嫌ったのではないだろうか。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:ITプロセス改善と紛争解決

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