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» 2022年02月28日 05時00分 公開

逆転無罪を決定付けた「反意図性」と「不正性」の解釈(Coinhive事件最高裁解説 前編)モロさんは令和の「スパルタクス」だ(2/2 ページ)

[高橋睦美,@IT]
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モロさんは「スパルタクス」だ

 戦い抜いたモロさんの姿勢を平野弁護士は、古代ローマ時代の剣闘士スパルタクスに例えてたたえた。スパルタクスは、当時の剣闘士奴隷の扱いに異議を唱え、紀元前73年に反乱を起こした。最終的に鎮圧されたものの、「この戦いによって、奴隷の扱いはものから人へと変わり、ローマの社会はどんどんリベラルに変わっていきました」(平野弁護士)

 スパルタクスが奴隷の扱いに異議を唱え、反乱を起こしたときと同じように、モロさんは不正指令電磁的記録に関する罪の適用に異議を唱え、裁判を起こし、最終的に無罪を勝ち取った。「モロさんはスパルタクスでした。違いがあるとすれば、スパルタクスは負けましたが、モロさんは勝ちました」(平野弁護士)

 平野弁護士によると、不正指令電磁的記録に関する罪は、捜査機関にとって「非常に使い勝手の良い犯罪」だという。保管罪については被害者がいなくても検挙でき、罰金刑があるため略式起訴で処理することができ、正式な裁判で争わなくてもいい。さらに、捜査が容易であるため「手っ取り早く犯罪件数をかせぐために、これ以上ない犯罪類型であるわけです」という。

 しかも、弁護人も裁判官も、デジタル技術に明るくないため、事実関係を強く争わない。「別件捜査や乱用の恐れのある犯罪類型でした」(平野弁護士)

 今回の最高裁判決を受け、捜査機関もこれまでのように手っ取り早く略式起訴に踏み切るのではなく、「本当にこれは不正指令電磁的記録に当たるのか」をよくよく検討した上で捜査に着手しなければ危うい、という意識が芽生えたはずだと平野弁護士はいう。そして、古代ローマの親が子どもをしかるときに「いい子にしていないと、スパルタクスが来るぞ」と言ったのと同じように、「どこかに穴があれば、モロさんが来るぞ」という状態になるだろう述べた。

「反意図性」と「不正性」は独立の要件だとした最高裁の判決

 今回の判決の要点について、平野弁護士と高木氏の講演から確認してみよう。

 裁判では、Coinhiveを呼び出すプログラムコードが「不正指令電磁的記録」に当たるかどうかが焦点となった。そして該当するかどうかを決めるには、条文に照らし合わせ、利用者の意図に反しているかどうかの「反意図性」と、社会的に許容し得るものでないかどうかの「不正性」の2つが要件とされてきた。

 一審も最高裁もともに、反意図性については認めつつ、不正性については否定する判決が下されたが、「かなり枠組みが違うなと感じました」と平野弁護士は振り返った。

 横浜地裁の判決は、刑法の注釈書である「大コンメンタール刑法」に記された通説に従って論理を組み立てていた。反意図性が認められれば、原則として不正性が推定される。ただし、意図に反する動作をさせるものの中には例外的に社会的に許容し得るものが含まれる。従って、社会的に許容し得るものかどうかが論点の一つとなった。判決では「(Coinhiveは)社会的に許容されていなかったと断定することはできない」と、「かなり消極的に無罪と判断した、ギリギリの判断になっていたわけです」(高木氏)

 これに対し最高裁では、「反意図性と不正性は独立の要件であって、一方が認められれば直ちにもう一方が推定される、というものではなさそうだと読み取れます。そして反意図性は、プログラムに付された名称や説明内容、利用方法などからユーザーの心理に着目して判断し、不正性は、電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無、程度、当該プログラムの利用方法など、反意図性とは異なる見地から物理的、客観的に判断せよといっているようにみえます」(平野弁護士)

 結果として、Coinhiveには同意を得る仕組みがなく、Webサイト上にも説明がないことなどから反意図性があると認定。一方不正性については、「広告表示プログラムと比較しても、閲覧者の電子計算機の機能や、電子計算機の情報処理に与える影響において有意な差異は認められず、事前の同意を得ることなく実行され、閲覧中に閲覧者の電子計算機を一定程度利用するという利用方法とも同様であって、これらの点は、社会的に許容し得る範囲内といえるものである」と、否定することになった。

 高木氏はさらに、「一言で言えば、不正性は、社会的に許容し得ないプログラムについて該当するという判断方法が最高裁判決として判示されたことが一番大きいと思います」と述べた。つまり大コンメンタールの記述が否定されたわけだが、「これは最高裁にしかできないこと」だという。



 Coinhive事件最高裁解説、2022年3月1日掲載の後編では、最高裁判決の要点となった「反意図性判断」を解説し、事件が起こった原因を考察、今後同様の事件が起こらないようにすべきことを提言していく。

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