市井のエンジニアが不正指令電磁的記録保管罪に問われた「Coinhive裁判」において、最高裁判所は2022年1月、無罪判決を言い渡した。東京高裁での有罪判決から逆転無罪を勝ち取れたポイントは何だったのか、主任弁護人と弁護側証人が解説する。
Webサイトを閲覧した人の計算能力を利用して仮想通貨のマイニングを行うプログラム「コインハイブ(Coinhive)」を自分のWebサイトに設置したとして、不正指令電磁的記録保管罪に問われていたWebデザイナーの諸井聖也さん――Twitter上では「モロさん」の裁判で、最高裁は2022年1月20日、罰金10万円の支払いを命じた東京高裁判決を破棄し、逆転無罪判決を下した。
支援金の募集などを通じて一連の戦いを支援してきた日本ハッカー協会が開催したセミナーにおいて、弁護人となった平野敬弁護士と、一審で弁護側の証人として法廷に立った高木浩光氏が、判決のポイントとこれからエンジニアが考えるべきことを解説した。
平野弁護士にとっての戦いの始まりは2018年3月29日、モロさんから「ウイルス罪について相談させてほしい」とのメールが届いたことだったという。モロさんはその前日、横浜簡易裁判所で罰金10万円の略式処分を受け、平野弁護士に相談してきた。
率直にいえば、正式な裁判で争うとなると何度も出廷することになる。時間もかかれば手間も、もちろん弁護士費用もかかるし、メディアに名前が出る可能性もある。それならば、10万円の罰金を支払って終わらせた方が楽という考え方もあるだろう。
しかしモロさんは「私はCoinhiveを使ってしまっただけでなく、ブログ記事でCoinhiveについて紹介してしまった。もしかするとその記事を読んだ他の人が使っているかもしれない。となると、私は他の人に対しても責任がある。もしCoinhiveが現行法上真っ黒であれば罪は罪として認めるけれども、もし争う余地があるのであれば、他の人のためにも戦いたい」と述べた。その覚悟を聞いて、長い戦いが始まったという。
この件は当初からインターネットでも話題となり、一審の横浜地裁では2019年3月27日に無罪が言い渡された。しかしこれを不服とする検察側は控訴し、2020年2月7日に一転して有罪判決が下された。
被告弁護人と高木浩光氏は何と闘ったのか、そしてエンジニアは警察に逮捕されたらどう闘えばいいのか(Coinhive事件解説 前編)
高木浩光氏が危惧する、「不正指令電磁的記録に関する罪」のずれた前提と善なるエンジニアが犯罪者にされかねない未来(Coinhive裁判解説 後編)
平野弁護士によると、二審で有罪判決を受けた場合、最高裁に上告して逆転無罪を勝ち取れる確率は、「ソシャゲでガチャを引いて、星5のキャラクターを連続で2体引けるかどうか」というほど低い確率だ。司法統計によると毎年約2000件ある上告審のうちほとんどは「上告棄却」で、二審の判決の破棄率は0.15%、破棄無罪、つまりモロさんにとって有利に逆転できる確率はわずか0.02%だった。
だがモロさんは最後まで戦い抜いた。
最高裁で勝てた要因について平野弁護士は、弘中惇一郎弁護士の「事件の筋が良い、弁護人がやるべきことをきちんとやる、裁判官がまともであるという3つの条件がそろわないと、無罪を取るのは不可能といってもいい」という言葉を踏まえ、奇跡的に3つの条件をそろえられ、0.02%の壁を突破できたと述べた。もちろんその過程では、壇俊光弁護士や電羊法律事務所の同僚をはじめとする法曹界の支援、そしてネットで支援活動を展開した多くのエンジニアの存在もあったという。
Coinhive事件裁判費用の寄付のお願い(日本ハッカー協会)
【寄稿】コインハイブ事件 意見書ご協力のお願い(日本ハッカー協会)
日本ハッカー協会が窓口となって、モロさんの裁判費用などを支援する寄付活動が行われ、多くのエンジニアが賛同した。寄付者数はのべ1044人にのぼり、合計金額1140万5944円が集まった。また、平野弁護士が募集した「意見書」にも多くのエンジニアや組織が協力し、上告趣意書と合わせて最高裁判所に提出された。
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