入館拒否や帰宅命令までしないと安全配慮義務違反になるんですね「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(101)(1/3 ページ)

個別面談し、業務も軽減し、医者との面談も行い、実家を訪問して治療方針の進言もしてきました。でも、従業員は病気になってしまいました。これ以上、どうすればよかったのでしょうか……。

» 2022年07月11日 05時00分 公開
「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 ソフトウェア開発を楽な仕事だという人はあまりいないだろう。連日の残業、不意のトラブルに乱される精神と生活、いくら直しても意図通りに動かないプログラムに対するいら立ちと無力感――こうしたあれこれは、知らず知らずのうちにエンジニアたちの心身をむしばむ。

 インターネット上の「ソフトウェア開発者の83%が燃え尽き症候群に陥っている」「IT事業者に勤める人のメンタル症候群の発症率は全産業平均の2倍である」などの記事は、あながち大げさではないだろうという実感は私にもある。

 今回取り上げるのは、過酷な業界にあってうつ病を発症し、欠勤を余儀なくされた社員(以下、原告社員)が、勤め先であるIT企業(以下、被告IT企業)を訴えた事例である。入社2年程度の若手社員が、業務外も含む過度の作業を命じられて長時間残業を余儀なくされた上、自分が担当したわけでもないプログラムの欠陥への対応も押し付けられることが続き、ついにうつ病と診断されるに至り、その際の被告IT企業の対応が十分であったかどうかが問われた裁判である。

IT企業は社員に対する安全配慮義務を果たしたか

 事件の概要から見ていこう。

大阪地方裁判所 平成20年 5月26日判決より

あるIT企業でプログラム開発に従事していた社員が、職場での過度の緊張、手の汗、排尿障害、不眠、日中の眠気を覚えるようになり、医師からうつ病の診断を受けた。その後、原告社員は会社を休職して治療を行っているが、快復(かいふく)が見られず、結局、現在(平成16年)に至るまで欠勤を続けての加療を行っている。

原告社員は、自身のうつ病の発症は被告IT企業における過重労働に原因があり、被告IT企業は原告社員に対する安全配慮義務に違反したとして損害賠償を求めたが、被告IT企業は、原告社員の発症の原因は、自身の生活態度にも問題があり、また原告社員と個別面談を行ったり、別社員に作業の補助を行わせたりなど安全配慮義務も果たしていたなどと反論し、損害賠償の支払いを拒んだ。

 業務外も含めたさまざまな作業が命じられた若手社員がうつ病を発症してしまう。ソフトウェア業界ではよく聞く話ではあるし、私も何度となく目にしてきた。

 判決文によると、原告社員の残業時間は、少なくとも発症前1カ月間において110時間を超え、半年間でも750時間を超えていたようである。本人の責ではないソフトウェアの欠陥も数多く対応させられたとの主張もあることから、原告社員の心身の負担は大きく、これがうつ病の原因となったとしても不思議ではない。

 この場合に問題となるのは、雇用者である被告IT企業が、その発症前後において原告社員の健康のためにどれほどの配慮を行っていたかである。

 従業員を雇用する者には、従業員の安全に十分配慮することが法的にも義務付けられている。ビルの建設現場で作業をする従業員には必ずヘルメットを着用させ、高所で作業する者にはさまざまな落下防止措置を取らなければならない。これは従業員から言われなくても雇用契約書や労働条件書に記載がなくても雇用者が行わなければならない義務であり、「安全配慮義務」と呼ばれる。

 ソフトウェア開発は従業員の危険は直感的に把握しにくいが、長時間労働や過度の責任負担などによって従業員が心身の健康を損ねないよう、十分な配慮が必要となる。

 とはいえ、安全配慮義務がどのような場合に適用されるかは微妙な問題である。この義務は従業員の全ての疾病に課されるものではなく、疾病と従事させた作業、負わせた責任、その他職場環境などとの間に因果関係が成立していなければ認められない場合もあるだろう。

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