従来のIT部門の存在意義を打破し、アプリ開発を業務部門に開放した新卒エンジニアの挑戦何でも屋からの脱却

「IT部門が何でもやってくれる」――信頼されているという点ではいいが、期待される役割が変化しているのに、全てを情報システム部門が対応し続けるのは非現実的だ。解決のヒントは「デジタルの民主化」にある。

» 2022年08月29日 05時00分 公開
[椎木恭子@IT]

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 「DX」(デジタルトランスフォーメーション)の機運が高まっている。企業のビジネスにおいてITが果たす役割は大きくなっており、企業のITを支える情報システム部門に期待される役割も変化している。経営層は新しいビジネスの創出やガバナンスの強化など、より上位の仕事を期待している。一方で、これまでと同じような“ITの何でも屋”という役割を求めている事業部門もある。

 こうした多様な要望に情報システム部門だけで応えることは困難だ。ではどうすればいいのか。

 この課題の解決方法として注目されているのが「デジタルの民主化」という考え方だ。情報システム部門などITの専門家に任せきりにするのではなく、業務に最も詳しい事業部門が主体となって進めることで、スピード感を持ちつつ、業務に即したデジタル化が可能になる。

 本稿は、2022年7月21日にドリーム・アーツが開催したオンラインイベント「デジタルの民主化DAY」のセミナー「SmartDB導入10年目、市民開発NEXTSTAGEへの布石」を基に、デジタルの民主化に向けてどのように取り組むべきかを探る。

「デジタルの民主化」に向けた、最初の一歩

 ガス供給事業を中核に、電気、不動産、物流、飲食など幅広い事業を展開するサーラグループ。同グループのITに関する業務全般を担っているのがサーラビジネスソリューションズ(以下、SBS)だ。現場の課題を解決し、業務を効率化することが主な役割で、アプリ開発、問い合わせ対応、機器の調達などを担っている。

 SBSが業務のデジタル化に取り組むことになったきっかけは、長年使っていた「IBM Notes」からノーコード/ローコード開発プラットフォーム「SmartDB」(スマートデービー)に移行したことだ。SBSの天野泰伸氏(ソリューショングループ 情報ソリューションチーム)は「紙で運用していた稟議(りんぎ)書をSmartDBのアプリに移行したことを皮切りに業務アプリが大幅に増加した」と語る。

画像 SBSの天野泰伸氏

 ペーパーレス化のメリットは改めて言うまでもない。あるグループ会社で導入した話がグループ内で情報共有され、「自社でもやりたい」と多くの引き合いがあったという。特に貢献度が高かった業務アプリとして天野氏は「申し送り案件管理簿」を挙げる。

 「サーラグループには幾つもの“複合ショールーム”がある。そこに来店した顧客の要望を紙の連絡票で管理し、共有していた。(紙媒体なので)連携はうまくいかず、連絡・登録漏れが頻発し、クレームにつながってしまうこともあった。そこで申し送りを管理するアプリをSmartDBで開発した」

画像 申し送り案件管理簿

 この業務アプリを導入したことでクレームが格段に減り、成約率は大きく向上した。成約しなかった場合でも、その理由を共有することで、次の営業活動に生かせるようになった。同社の小出輝雄氏(管理グループ 企画チーム)によると、「グループ内に口コミで評価が広がり、今では全てのショールームで採用されている」という。

 「これを機にSmartDBを使った業務アプリ開発が一気に進み、2022年現在では総データ数は70万データまで増加した」(天野氏)

画像 業務アプリ開発の変化について説明する天野氏

利用が拡大する一方、課題も

 着々と現場での業務アプリの活用が進んだように見えるが、その背景にはSBSの「業務アプリ利用拡大に向けた努力」があった。「業務アプリ開発と並行して、グループへの周知を強化した」と小出氏は語る。

 「繰り返しの作業が面倒、欲しい情報が見つからないといった“現場の課題”に応えられることをアピールした。ポータルサイトに改善事例をまとめた事例集を掲載、直接SBSに相談できるフォームを設置した」

画像 ポータルサイトで「業務アプリが簡単に開発できること」をアピール

 グループへの利用拡大だけでなく、外部パートナーとのやりとりでもSmartDBの業務アプリ活用を進めた。SBSの業務にはグループ企業からの「Microsoft Excel」に関する相談・操作のサポート業務があるが、この業務をSmartDBの業務アプリを介して外部パートナーに委託することにしたのだ。

 「事業部門などからの依頼はSmartDBの業務アプリで受け付け、その情報をシームレスに外部パートナーまで連携できるような仕組みを構築した」(小出氏)

 こうした取り組みを進めることで順調に業務アプリが普及し始めた。だが、同時に課題も見えてきた。

画像 顕在化した課題

 開発は全てSBSで担っていたため、グループ会社からの開発相談や問い合わせが集中すると対応しきれない状態になっていた。また、SmartDBでの開発は天野氏が1人で対応していたため、属人化の課題もある。さらに、地理的な課題もあった。業務アプリ開発をしたいと思っても、コロナ禍前でリモート環境がなかった当時は愛知県豊橋市にあるSBSの事務所まで来てもらい、打ち合わせする必要があったのだ。

 「これでは(SBSから見て)遠隔地にあるグループ会社は業務アプリを作りたくても相談すらできない。こうした状況を打開するため、本格的に“デジタルの民主化”を進めることにした」(小出氏)

 小出氏は、SBSに業務アプリ開発を集中させるのではなく、グループ会社や事業部門が自主的に行えるようにするという取り組みを始めた。

 「新入社員の柴田氏をSmartDBの担当にして、一からSmartDBの開発スキルを身に付けてもらった。そのスキルを生かしてグループ全社に向けた“SmartDBを使った業務改善活動”を進めることにした」(小出氏)

「デジタルの民主化」への取り組みを本格始動

画像 SBSの柴田莉佳氏

 新たに担当となった柴田莉佳氏(ソリューショングループ 情報ソリューションチーム)はまず「伴走型サービス」を準備した。この取り組みを効果的に進めるためだ。

 「いきなり業務アプリを開発するのはハードルが高く、かといってSBSが主体になると属人化など既存の課題が解決できない。そこでSBSはあくまでも“各社での自社開発に伴走する”という形にした」(柴田氏)

画像 伴走型サービスで導入のハードルを下げる

 柴田氏は業務開発フローをテンプレート化することで各社が主体的に開発を進められるようにした。開発を希望する担当者は“事前聞き取りシート”に必要事項を記入するところから業務整理と優先順位を明らかにする。実際に開発を進める際には、記入された内容を基にSBSが課題の解決方法(開発する機能)を検討し、担当者に開発方法をレクチャーする。

 「SmartDBにはテンプレートが50個前後あり、業務で利用できそうなもの、開発実績のあるものを中心にピックアップしてグループ会社に提供した。簡単に作れるものから供給することで、部品をコピーしたり文言を変更したりするだけで開発可能となる。もちろんワークフロー機能などを使う複雑なものはSBSで開発する必要があるが、担当者のレベルに合わせて難しい開発にもチャレンジしてもらいたいと考えている」(柴田氏)

 さらに、属人化を防ぐための「SmartDBコミュニティづくり」も推進中だという。「SBS対事業会社」という関係性のままでは本当の意味でのデジタルの民主化は難しい。「担当者対担当者」のコミュニケーションラインができることで、より自律的な民主化が行えるだろう。

 小出氏は「各社で業務アプリを開発できるようになれば、より使いやすく、現場の声を集約したアプリを実現できるのではないか、と期待している。“業務のデジタル化”にも貢献できるはずだ」と語る。

 ただ心配なのはSBSが管理していない“野良業務アプリ”が発生することだ。柴田氏はこの課題について「業務アプリの新規作成と公開はSBSだけが実施できるように権限設定した。まずはSBSに相談する。そしてSBSと一緒に開発する業務アプリの機能を吟味して、各社が主体的に開発する。このように役割を明確にすることで『適切に管理された業務アプリ開発』が可能になる」と説明している。

 「これまで業務アプリ開発はSBSに依頼するもので『自社では難しい』『現場は与えられたアプリをただ使うだけ』と考えられていたが、SmartDBを使った開発であれば、そういった懸念がなくなる。専門家がいなくても各社で簡単に素早く業務アプリを開発できるため、各社、各部門に“デジタルの考え方”が普及し、より多くのアナログ業務をデジタル化できるのではないか、現場主導でデジタライゼーションを進められるのではないかと考えている」(柴田氏)

「何でも屋」から「DXを支援する役割」にシフト

 現場スタッフ自身でアプリを開発し、業務のデジタル化を進めるSBSの取り組みは、まさに“デジタルの民主化”のはしりといえる。2012年のSmartDB導入以来、地道に業務アプリの開発と周知を進めてきたことで、グループ内で「デジタル化の利便性を受け入れる基盤」が整っていた点も大きいだろう。

 柴田氏がSmartDB担当になって、1年弱。その間に作成したアプリは、イベントの実績報告書や与信稟議、人事制度FAQなど多岐にわたる。今後SBSは、各社の体制や予算などを考慮しつつ、勉強会の開催やコミュニティーを拡大し、紙やExcelを使うのが当たり前だと思っていた業務を全て洗い出し、デジタルに置き換えることを前提に見直しを進めていくという。

 「業務に一番詳しい現場スタッフ自身が業務アプリを開発し、業務のデジタル化を進められる時代が来ている。これまでわれわれの主な役割はアプリ開発とそのお守りだったが、これからはデジタルの重要性を広め、グループ全体のDXを支援する役割にシフトしていきたい」(柴田氏)

 デジタルの民主化とともに、企業の情報システム部門の在り方や役割も変わることになりそうだ。

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