このような、負担が多い現場の現状に、社長の巴山氏の中には「ICT施工を取り入れれば、現場の負担が削減できるのではないか?」という構想があった。2018年のドローン導入は、その可能性を探るためだった。
ICT施工では、2次元の工事図面を3次元化し、立体的にする。さらに、掘削機械で使えるようにデータ化する。こうすることで、時間がかかっていた丁張りが不要となり、施工も半自動でできるようになる。
そこで、2021年に「そろそろ、DXを進めないとね」という提案が巴山氏からあり、2022年に、実際に動き始めることになった。そこで声を掛けられたのが松村氏だった。
「最初聞いたときは、『うそでしょ?』と思いました。もちろん『ICT施工という方法があるよ』という話は社長から聞いていました。ですが、正直まったく興味がなかったんですよね。ICT施工って、うちみたいな中小企業ではなく、大手がやるイメージだったんです。そもそも、ただでさえ人手が足りていないのに、そういうとこに力を入れていいのかな? って」
どちらかといえば現場を大切にしてきたタイプの松村さんは、ICTにそれほど興味を抱けなかった。同時に、新たなことにチャレンジする「恐れ」もあった。
「せっかくいままで10年ほど現場でやってきたのに、現場とはまったく分野が違う仕事になるわけじゃないですか。一から勉強しなければならないし、分からないことが多くなるのが怖かったんです。また、いままでの常識を変えていかなければならないことも『怖いな』って思いました」
新たな環境に対する恐れを抱きながらも、社長からの話である以上「まずは、1年間頑張ってみよう」と思った。
知識も経験もない松村さんが最初に着手したのは「要領書」を読み込むことだった。公共工事を行う際、「○○の作業は、□□のようにしてくださいね」といった指示が書かれた要領書がある。そこには、ICT施工をする場合の指示も書かれていた。分からないところは、先行してICT施工を行っている同業者に電話をしたり、建機メーカーに尋ねたりした。「もうとにかく、いろんなところにいきましたね」
さまざまな試行錯誤を重ねる中で、実際に機械を動かす段階まで来た。2022年からICT建機を導入。3次元の図面データを建機に送ると、図面通りに施工できる。いままで時間がかかっていた丁張りがなくても、機械が勝手に止まって地形ができていく。
だが、建機を動かすのは松村さんではない。オペレーターだ。実際に作業したオペレーターからは、どんな声が聞こえたのだろうか?
「丁張りがなくてもいいようになった半面、目印がないために『どこまで掘削するのか?』『これで合ってるのか?』『本当に大丈夫なのか?』といった不安の声が多く上がりました。
また、ICT建機は、施工する前にデータを設定したり、精度を確認したりといった作業をしなければなりません。その時間がタイムロスに感じ『無駄だよね』という声もありました」
新たな取り組みにはどうしても「こんなものを取り入れる必要あるのか?」「自分には必要ない」といったネガティブな意見が増える。こうした声に、松村さんはどう対応していったのか?
「デメリットの方に目が行きがちなのはよく分かるんです。私もそうだったので。新しいものを取り入れるのは、面倒くさいですよね。
現場は、現場監督の指揮命令によって動きます。そこで、まずは現場監督に丁寧に説明しました。後はとにかく『サポートが必要なときやアクシデントがあったときにはすぐに連絡してください。飛んでいきますから』と伝えています」
その他、マニュアルを自分たちなりに作り、現場で説明したり、オペレーターが集まる会議で、ICT施工の必要性を伝えたりしてきた。
「『取りあえずやってみてくれないか。何かあったら全部責任は持つから』と。デジタル化とは懸け離れているかもしれませんが、そこはもう『思いを伝える』というか(笑)。『5年後、10年後を見据えて、とにかくやっていこうよ』と」
その取り組みが実り、最近は「理解が得られてきた実感がある」と、松村さんは言う。
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