字幕制作ソフトウェア開発プロジェクトに従事していた外注エンジニアが、他社でも同じような機能のソフトウェアを開発した。営業秘密の窃盗に当たる事案だ! けしからん! 訴えてやる!
多くのソフトウェア開発企業にとって、自社で開発したソフトウェアの技術や情報を内部にとどめて守り続けることは難しい。
転職する従業員や外注として仕事をしてもらった他社従業員が情報やノウハウを持ち出すことを完全に防ぐのは困難だし、たとえ各種媒体や紙に記録された情報を一切持ち出さないようにしても、彼らの頭の中に残った記憶までは消去できない。開発企業側にとっては頭の痛い問題であり、これらに起因する紛争や裁判も起き続けている。
その際問題になるのは、持ち出された情報が「営業秘密」に当たるかどうかだ。その流出が企業などに経済的な損失をもたらし、かつ営業秘密として管理されていれば、持ち出した者は不正競争防止法違反に問われ、損害賠償を請求されることもある。
一方で、例えばコンピュータプログラムの一部が外部で流用されても営業秘密とは認められない場合もある。
「情報がもともと営業秘密として管理されていたかどうか」という点と併せて、「元のプログラムと、それを流用して作られたプログラムに類似点がどの程度あるのか」「それがどれぐらい重要な部分か」によって判断は変わってくる。
IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回はプログラムの流出が問題になり、高裁まで争われた裁判の例を紹介したい。
まずは裁判の概要から紹介していこう。
今回紹介するのは控訴審(第二審)であるが、当事者の呼び方について、第一審での立場を参考に「原告企業X」「被告Y氏」「被告企業Z」とさせていただく。また、元のソフトウェアを「ソフトA」、類似機能を持つソフトウェアを「ソフトB」とする。
被告Y氏は、原告企業Xの行う字幕制作ソフトウェア「ソフトA」の開発に外注として参加し開発に従事した後、被告企業Zにおいて、やはり字幕制作ソフトウェアである「ソフトB」の開発に従事し、完成させた。
原告企業Xは、ソフトBのプログラムにはソフトAとの類似点があり、これは被告Y氏による営業秘密の漏えいであると、Y氏と被告企業Zに対して不正競争防止法違反による損害賠償を請求する訴訟を提起した。
Y氏および被告企業Zは、Y氏がソフトAのプログラムを持ち出した事実はなく、ソフトBのプログラムはソフトAを流用したものではないと反論した。
出典:裁判所ウェブ 平成30年(ネ)第10092号 不正競争行為差止等請求控訴事件
最初に申し上げておくと、「Y氏がプログラムを持ち出した事実があったかどうか」について、裁判所は判断しなかった。
プログラムを持ち出したのか、開発用の各種ドキュメント類など関連する情報を持ち出して流用したのか、あるいはY氏の頭の中にあったものなのかなどは判断せず、「2つのソフトウェアにはどの程度類似点があったか」を中心に判断がなされた。
この点について原告企業Xは以下のように訴えている。
「1」は、プログラムに記載される各種の項目名が同じであったことが流用の証拠だとする論だ。数多くある項目名がかなりの部分で一致しているなら、確かにソフトAをコピーして作ったとも思われるところではある。
「2」については、2つのソフトウェアが利用するデータベースに互換性があることを問題にしている。ソフトBのプログラムはソフトAのデータベースにもアクセス可能な作りのため、このように作るにはソフトAの解析ロジックを使用する必要があったはずだという主張だ。
ソフトBはデータベース内のある項目に格納されたデータの内容(セマンティクス)によって出力する字幕の内容が変わる仕様だったようで、どの項目を見てどういった内容で解析するかは、元のプログラムを流用しなければ分からないはずだということだ。
どんなにアイデアが秀逸でも、プログラムが平凡なら著作物とはいえないですね
顧客情報は秘密情報なんですか?
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