AIが知り得ない「暗黙知」にこそ価値がある 6000人の知恵を社外に公開する狙い@IT Techブログ PickUp(TISインテックグループ編)

@ITでは、より幅広く価値ある技術情報をお届けすべく、企業の技術ブログ/メディアから記事をピックアップし、転載する企画をスタートする。第1弾となるTISインテックグループに記事を公開している狙いなどを聞いた。

» 2026年05月14日 05時00分 公開

この記事は会員限定です。会員登録(無料)すると全てご覧いただけます。

 システム開発のナレッジやTipsなどをまとめた、エンジニアによる技術ブログ。個人で発信するものも多いが、SIer(システムインテグレーター)などのIT企業が所属するエンジニアの書いた記事をまとめて発信しているケースもある。最前線に立つエンジニアが持つナレッジの価値は大きく、技術的な情報として参考にしている方もいるのではないだろうか。

 ITエキスパートのための問題解決メディア「@IT」では、より幅広く価値ある技術情報をお届けすべく、企業の技術ブログ/メディアから特に有用な記事をピックアップし、転載する企画をスタートする。

 第1弾は、TISインテックグループ(以下、TIG)が運営する「Fintan」だ。そこで今回は、そもそもFintanとはどのようなメディアなのか、そこに込められた思いなどについて、運営を担当するTIGの秋里美和氏(技術本部 開発基盤センター センター長)、吉竹宏幸氏(開発基盤センター テクニカルエキスパート)に話を聞いた。

TISインテックグループの秋里美和氏(左)、吉竹宏幸氏(右)

技術情報を公開する3つの目的

 Fintanは、2018年、TIGの技術ノウハウ共有サイトとして立ち上げたものだ。その目的として共有・再利用による開発競争力強化、共通認識の深化・拡大、社外への技術発信による認知向上の3つを掲げている。

 「システム開発には、一から全てを作る『もったいなさ』があると感じていました。社内に同じ機能・要素を開発した人がいるならば、ソースコードなどを再利用した方が効率的です。同じような開発を担当している人と情報を交換する際にも、同じ情報を見ながら会話をした方がより深いコミュニケーションにつながるはずです」(秋里氏)

 目的は社内での情報活用がメインに見えるが、TIGには、顧客企業に席を置く従業員もいる他、社外のステークホルダーと会話する機会もあり、社内環境からしかアクセスできないコンテンツでは限界がある。目的を果たすためには、インターネットに公開するのがベストだと考え、Fintanがスタートした。

 「技術発信による認知向上で意識しているのは人材採用です。2020年ごろからエンジニアの採用難易度は高まっており、人材を集めるために情報発信が有効だと考えました。Fintanを通して開発事例や技術的な取り組みを発信することで、技術力と併せて、どのような技術活動をしている企業なのか、入社後にどのような仕事をするのかをイメージしていただくことも狙っています」(秋里氏)

正確さ・品質に加え、“再利用可能”な情報を掲載

 当時の組織トップの意向を受けてスタートし、現在は300ものコンテンツが公開されているFintanだが、コンテンツがなかなか集まらない時期もあったという。技術情報を公開することに対しての不安や抵抗する反応もあったが、組織としてレビュー体制を整えたり、コンテンツ作成数の目標を設定したりするなど、徐々に数を増やしていった。とはいえ、もちろん「なんでも公開すればよい」というわけではない。

 「私は少しボリュームの大きい、全体テスト計画ガイドなどを幾つか担当しましたが、品質を高めるためにレビューなどを繰り返し、かなり時間がかかったことを覚えています」(吉竹氏)

 意識したのは、TIGに限らず、どの現場でもすぐに使える品質であることだ。システム開発におけるテストの在り方は、人によって考えが違うものだ。自分たちの考えを基に整理しても、別の有識者に確認を取ると違う意見が出てくる。何度も調整しながら作成したことで、内容もブラッシュアップされていった。こうして作成した、全体テスト計画ガイドやテスト種別&テスト観点カタログは今も閲覧数が多いコンテンツだという。

 「Fintanで掲載するガイドは『私たちが使ったのは、これだ』と紹介するだけでなく、再利用や共有を念頭に、使う人がカスタマイズしやすい形で提供することも重視しています。その観点が不十分なために掲載を見送ったコンテンツもあります」(吉竹氏)

 こういったガイド類の他、開発事例などを発信するブログ形式の記事も多く掲載している。

 「TIGの技術ノウハウとして、実務で実践したナレッジであることを第一とした上でテーマを選定し執筆、掲載しています。全てが実務で実践したテーマなので、例えば個人の知識のみに基づく記事はFintanでは掲載していません。公開に当たって開発事例や活動紹介の記事は再利用可能をうたうガイドほどの時間をかけることはしませんが、会社の名前を背負って公開するため、複数の視点でチェックして公開することを絶対的な基本として掲げています。その点でいわゆる技術ブログとは少し異なる部分もあるかもしれません」(秋里氏)

形式知と暗黙知の“ループ”を生み出す仕組み

 Fintanの運営を担う技術本部は、100人以上のエンジニアの他、デザイナーや研究職を中心に、全社横断型で組織された技術部隊だ。エンジニアは各事業部門の難易度が高いプロジェクトに対応する他、全社で活用できる最新技術の研究開発を担う。

 「研究開発では、TIGの事業現場でどのような技術が必要とされるかを短期的視点、中長期的視点でそれぞれ検討して取り組んでいます。短期的視点テーマでいえば今は言わずもがなで生成AIであり、開発現場部門のエンジニアたちが生成AIを使いこなすための活用ガイドや教育コンテンツをまとめてFintanに公開しています。中長期的視点では例えば量子コンピューティングに関する取り組みなども掲載しています。こういった研究開発の成果や、技術難易度の高いプロジェクトから得られた技術ナレッジを一般公開する場としてもFintanを活用しています。仕事の“アウトプット”の場と言えますね」(秋里氏)

 「ナレッジを共有・公開する場としてのFintan」ということだが、そもそもナレッジとは何だろうか? 技術本部ではナレッジを3タイプに区別して捉えている。まずは、すぐ使える状態で再利用化された「Ready-to-use」。Fintanに掲載されたガイドやフレームワークが該当する。次は、Fintanの開発事例など、経験を言語化・形式知化する「Know-how」だ。最後の一つが「Know-who」、つまり「誰が、そのナレッジを知っているか」、暗黙知の領域だ。

基本的な考え方:ソフトウェア開発における生産性・品質の再利用性(提供:TISインテックグループ)

 「技術が多様化し、変化が速い環境下では、『Ready-to-use』や『Know-how』のアプローチを採る対象を選択して注力する必要があります。全方位的な対応はスピードの面で現実的ではなく、『Know-who』として暗黙知の共有、再利用が欠かせません」(吉竹氏)

 このKnow-whoをカバーするのが、Fintanと同時期にスタートした「canal」という取り組みだ。簡単に言うと、社内向けの技術的QAサイトで、従業員やビジネスパートナーが投稿した技術課題と、当該分野/テーマを得意とするTIGの従業員をマッチングし、有識者の回答投稿で暗黙知を共有すると同時に形式知化を促す仕組みだ。まさに有識者が抱える暗黙知にアプローチする仕組みと言える。

 「Fintanで公開したReady-to-useやKnow-howのナレッジを活用したいTIG社員が、内容や活用方法に関する相談をcanalに投稿し、当該コンテンツの作成者がcanalで回答する、といったことが当たり前に行われています。こうしたQA対応を通じて、コンテンツの改善点が明確になり、そのフィードバックが反映されたコンテンツが再公開される、というフィードバックループが生まれています。このサイクルが継続することで、さらなる価値向上につながるはずです」(吉竹氏)

 TIGが標準とする、Javaのアプリケーションフレームワーク「Nablarch」では1000件近いQAがcanalに投稿されてきた。Fintanにも反映されるなど、顕著なフィードバックループを体現しているという。

AI時代に求められる情報も発信

 このように技術ナレッジにこだわって活動する技術本部として、今後は、AIの技術進化を受けて、関連する情報発信はもちろん、「人の価値をどう発揮するのか」も踏まえて、取り組みを進めたい、と話す。

 「最近は技術課題に対する生成AIの回答精度が上がり、canalに投稿される質問数が減少傾向にあります。それでも、『TIGの誰が、何を得意としているか』を把握することは変わらず重要であり続けますし、そういったエンジニアの工夫が凝らされた情報があることがcanalやFintanの価値だと考えています」(吉竹氏)

 技術的な課題に直面した際、まず生成AIで情報を確認する潮流は、今後変わることはないだろう。それを前提にFintanやcanalをどう活用するかが次のテーマだ。

 「ここでもやはりキーワードは暗黙知です。生成AIが知り得ない暗黙知を持つエンジニアがいます。canalに投稿された生成AIの回答を彼らのナレッジで補強し、それを学習させることで生成AIの回答力を強化する、といったフィードバックループが実現できれば、さらに暗黙知の形式知化を進められるのではないでしょうか」(吉竹氏)

 ちなみに、Fintanには既に「Generative AI(生成AI)」のカテゴリーがあり、プロンプト例や育成カリキュラムなどのコンテンツを掲載している。

FintanのGenerative AI(生成AI)のページ(提供:TISインテックグループ)

 「AIを正しく、うまく活用することの重要性は言うまでもありませんが、技術進化が著しい中で、6000人の従業員がそれぞれ一から学んでキャッチアップし続けるのは“もったいない”です。新しく、技術進化が速いテーマだからこそ、素早くナレッジ化して展開することが、会社としての成長にも効いてくるはずです」(秋里氏)

 AIの登場により、人の役割が変わりつつある、と秋里氏は続ける。

 「『人でなければできないことは何か』がこれから考えるべきテーマです。システム開発に生成AIを活用することはもはや当たり前で、AIエージェントが設計書もコードも生成してくれる。テストもしてくれるとなった世界でも、システム全体を統括して品質を保証して責任を取るのは人間です。そのような考え方の下、AI駆動型でシステム開発を進めるために必要な環境やツールの整備、人財の育成に全社プロジェクトとして取り組んでいます」(秋里氏)

不安を乗り越えて、情報を発信したから得られた効果

 Fintanを通じた情報発信の効果も着実に表れている。

 「先日は、Fintanで公開している情報を読んで当社の取り組みに関心を持たれた同業他社から要望をいただき、情報交換の場を設けるなど、オープンイノベーションにつながっています」(吉竹氏)

 採用面でも、転職エージェントが職場環境や職業理解のためにFintanを参照し、求職者に詳細を伝えているケースが増えるなど、効果を感じているという。

 「立ち上げ当初は、情報を公開することへの不安やためらいがありましたが、それを乗り越えたからこそ見えた世界があります。ここまで公開して大丈夫かと聞かれることはありますが、今は胸を張って『大丈夫です』と答えています」(秋里氏)

 “AI時代”が到来し、エンジニアに求められるスキルも変わっていく。

 「それでも、人にしかできない領域は絶対に残ると考えています。そのためのリスキリングや学びに使える育成コンテンツなども掲載していますし、今後はAI時代に使えるナレッジも掲載していくので、ぜひFintanをご活用いただければと思います」(秋里氏)

 連載「@IT Techブログ PickUp(TISインテックグループ編)」。次回からはFintanの中から厳選して転載記事をお届けする。気になった読者は下記ボタンから購読してはいかがだろうか。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

スポンサーからのお知らせPR

注目のテーマ

その「AIコーディング」は本当に必要か?
Microsoft & Windows最前線2026
4AI by @IT - AIを作り、動かし、守り、生かす
ローコード/ノーコード セントラル by @IT - ITエンジニアがビジネスの中心で活躍する組織へ
Cloud Native Central by @IT - スケーラブルな能力を組織に
システム開発ノウハウ 【発注ナビ】PR
あなたにおすすめの記事PR

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。