国連CISOを歴任した蓮見氏が語る、AI時代の“しなやかな”キャリアと日本型セキュリティGo AbekawaのGo Global! 蓮見祥子さん from 日本 to グローバル(3/3 ページ)

» 2026年07月06日 05時00分 公開
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キャリアの天井を破る「大局観」

 文系からITの世界に飛び込み、情報処理の修士、2022年には同大学でMBA(経営学修士)まで取得した蓮見氏。国際政治、情報処理、そして経営学を学んだ幅広さは、彼女のキャリアにどのような変化をもたらしたのだろうか。

 「体系的に学んでみて、本当に視界が広がりました。それまでは技術の『データの流れ』は分かっていたけれど、『お金の流れ』が分かっていなかった。MBAを取ったことで、経営層が何を考えているのか、なぜその投資判断になるのかというロジックがきれいにつながったんです。日本のエンジニアは、匠の部分というか、技術の細かい部分の突き詰め方はものすごく強い。でも、それを全部合わせて大きなビジネスや仕組み(全体像)にする大局的な視点が少し弱いと感じます。技術の視点だけでなく、世界や経営の視点を混ぜて見てみることで、エンジニアとしての限界を突破できるはずです」

 部分最適から全体最適(大局観)へ視座を上げる重要性は、いちエンジニアとしてキャリアをスタートし、大きな組織や国を守る立場になったからこそ見える世界なのだろう。

TEDxNagoyaUでの講演「人間を中心にしたサイバーセキュリティ Human Centered Cybersecurity」

 17歳でオーストラリアへ渡り、タイへの留学、そして数々の国連機関、日本の民間企業へと、環境が変わるたびに過去のキャリアをリセットし、「一からのスタート」を繰り返してきた蓮見氏。エンジニア読者に向けて、彼女は「変わっていくことを面白がろう」とエールを送る。

 「私は新しい環境に行くたびに、前の人生なんて関係なくなってイチから始めてきました。頭をたたかれるたびに学んだのは、『全ては絶対ではない。でも、絶対なものは自分の中に軸として残しておかなければいけない』ということです。1週間前と全然違うテクノロジーが明日には出ているのが当たり前の世界。それを面倒くさいと捉えるか、面白いと捉えるかで人生は変わります。変わっていくということ自体は変わらないのだから、面白がった方が得ですよね」

 蓮見氏は「日本」という国のことも信じている。強さの根源は、「しなやかさ」だ。

 「とんでもない状況の国や滅びてしまった国も見てきた中で、日本ほど底力があってしなやかな国はないと思っています。東日本大震災のような災害があっても、美しくしなやかに戻ってこられる国です。サイバーセキュリティにおいても、欧米のまねだけをする必要はありません。ガチガチの規則で従業員を縛って抜け道を探させるようなセキュリティではなく、お互いに声を掛け合う『交番スタイル』や、地域で守る『防災カー』のような、日本らしい“人間中心のセキュリティ”を、コミュニティーの力で実装していきたい。孤立を恐れず、みんなでワイワイやりながら、技術の先にある人間を守っていきましょう」

「全ては絶対ではない。でも、絶対なものは自分の中に軸として残しておかなければいけない」は、蓮見氏の「生き方そのもの」だ。国連という極限の地で命を守る任務に就いていた彼女が、最終的に「人間中心」という人を信じて包み込む境地に達したことは、奇跡的に尊い

Go's Thinking Aloud 編集後記にかえて

 AIやデータセンターがIT議論の中心となるずっと前から、セキュリティはITのメイントピックであり、ゼロトラストをはじめめ多くの概念やテクノロジーが語られてきた。今やセキュリティは特別なものではなく、ITの議論の大前提だ。元iU情報経営イノベーション専門職大学教授、現多摩大学の平山教授も、セキュリティの知見が当たり前の人材、プラスセキュリティ人材が不可欠と唱える。加えて、セキュリティは最初からグローバルの概念。世界との連携が切っても切れない。

 蓮見氏は(ISC)2 CISSP、CCSP、ISACA CISA、CRISC、CISM、ICF PCCなど、英語の略語がひしめく資格を多数所有している。これほどグローバルレベルの資格を備えた人材は多くない。しかし彼女が提唱し、広げていこうとしているのは、「人間中心のサイバーセキュリティ」。サイバーの世界にのみ目を向けると、「人間はどこにいるのか」忘れてしまう危険があると警鐘を鳴らす。一番守られるべき存在は人間であり、テクノロジーが人を置いてきぼりにしていないかと。

 松岡正剛氏は、本当の知性や知識の習得は、「わける、わかる、かわる」と喝破(かっぱ)した。分かっただけではダメで、それによって行動が変わらなければ。そこまで到達できて初めて、物事が本当に分かったと言える。私たちは、日々の暮らしの中で、今日から何をどう変えていけばいいのだろうか。

阿部川“Go”久広

アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略担当、情報経営イノベーション専門職大学(iU)学部長、教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)元特任教授、インタビュアー、作家、翻訳家

コンサルタントを経て、AppleやDisneyなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在、iU情報経営イノベーション専門職大学の学部長、教授も兼務し、多くの企業とプロジェクトを推進。元神戸大学経営学部非常勤講師、元立教大学大学院MBAコース非常勤講師。ビジネスや起業のコンサルティング、英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーの他、作家、翻訳家としても活躍中。

編集部鈴木の Editor's view

 蓮見さんは、毎朝6時前後にブログ「Human Hardeningとサイバー判断力」の新作をポストしてきた。サイバーセキュリティの現況解説からレジリエンスな防御のトレーニング方法まで、日本語と英語で詳しく書かれたポストは、決して書きためたテキストを予約投稿したものではない。投稿時間よりさらに数時間早起きをしてしたためたものだと分かるものだった。

 彼女はなぜこんなに頑張るのか、世界をまたにかけた壮大なキャリアを持ちながら、なお毎朝そこまでの情熱をセキュリティ啓蒙(けいもう)に注ぎ込めるのはなぜなのか。

 何が彼女の情熱の基なのか、それを知りたくてインタビューを申し込んだ。その答えは、本文で語られた「サイバー空間の先にある、具体的な人間を守りたい」という彼女の執念にも似た信念にある。技術の先にある“人”を信じる彼女のナラティブ(語り)に、日本のセキュリティの明るい未来を見た気がした。

編集部から

「Go Global!」では、GO阿部川と対談してくださるエンジニアを募集しています。国境を越えて活躍する外国籍のエンジニア(35歳まで)、グローバル企業のCTO(最高技術責任者)など、ぜひご一報ください。取材の確約は致しかねますが、インタビュー候補として検討させていただきます。取材はオンライン、英語もしくは日本語で行います。

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