ニチレイも事業停止 ランサム復旧「3日」「50日」「73日」の分岐点 医療・港湾・物流のサイバー攻撃に学ぶ「被害に遭ってから考える」はもう遅い

食品大手のニチレイグループがサイバー攻撃被害に遭い、システムの一時遮断に伴う事業停止を余儀なくされた。攻撃者の侵入阻止を完全に防ぐことが困難な今、万が一組織が攻撃された場合の影響を最小限にするためには「迅速な復旧プロセス」の整備が欠かせない。ランサムウェア感染被害に遭った医療・港湾・物流の3事例から、復旧プロセスのポイントを整理する。

» 2026年07月21日 13時00分 公開
[@IT]

 2026年7月13日、国内の低温物流および食品大手のニチレイグループがサイバー攻撃被害に遭い、システムの一時遮断に伴う事業停止を余儀なくされた。これにより同社グループのみならず、委託元である小売や外食、学校給食など広範な食品サプライチェーンを混乱させる深刻な事態へと発展している(関連記事)。

 同社は7月17日より一部制限付きで業務の順次再開を発表したものの、全拠点での通常稼働という完全な正常化に向けた「復旧プロセス」は今なお現在進行形で続いている。

 7月17日時点で同社へのサイバー攻撃がランサムウェアによるものかどうかは明らかになっていないが、侵入検知直後に「被害拡大を防ぐためにシステムやネットワークを自発的に遮断し、結果として事業停止に追い込まれる」という構図やサイバー攻撃被害による社会的なインパクトは、他企業のランサムウェア感染被害と共通している。

 サイバー攻撃を巡っては、一度攻撃者に侵害されると、業種や業態にかかわらずシステム遮断や事業停止は免れない。ニチレイに限らず、大企業のサイバー攻撃被害が相次ぐ中、「攻撃者の侵入阻止」のみではなく「復旧プロセス」の在り方を再設計・再点検すべきフェーズに入っている。

 そこで本稿では、@IT編集部が個別に報じてきた3つのランサムウェア被害事例(大阪急性期・総合医療センター/名古屋港コンテナターミナル/総合物流企業 関通)の復旧プロセスにフォーカス。3組織の復旧スピードを規定した「分岐点」を整理するとともに、復旧プロセスの在り方をまとめる。

「脆弱性の放置」「接続口の悪用」 被害組織に共通する弱点

 3つの被害事例を振り返ると、異なる業界・業種でありながら、侵入の起点となった技術的要因は共通している。「ネットワーク境界における脆弱(ぜいじゃく)性の放置」と「信頼された接続口の悪用」だ。

大阪急性期・総合医療センター:不要な常時接続と閉域網への過信

 同センターで侵害の起点となったのは、給食事業者との間で本来は不要であったRDP(リモートデスクトッププロトコル)を常時接続していたことだった。給食事業者が外部ベンダーにリモート管理を委託していたVPN(仮想プライベートネットワーク)機器の脆弱性が放置されており、まず給食事業者が乗っ取られた。そこを踏み台にして、同センター内の他サーバに侵害が広がった。

 「インターネットに直接つながっていない閉域網だから安全だ」という過信が、ソフトウェアサプライチェーンを介した侵入を許す結果となった。

名古屋港コンテナターミナル:認証とアクセス制限の不備

 名古屋港統一ターミナルシステム(NUTS)のランサムウェア感染においては、緊急時対応のために接続元IPアドレスを制限せず、かつ多要素認証(MFA)を導入していなかった「保守用VPN」が侵入経路になった可能性が高いとされている。

 閉域網内にある仮想化基盤のハイパーバイザーに対してセキュリティパッチ適用が滞っていたことも、被害拡大の一因となった。

関通:VPN機器の脆弱性を突いた「Akira」の侵入

 総合物流企業の関通においても、VPN機器の脆弱性を突かれてネットワーク内部への侵入を許し、事業の核心であるWMS(倉庫管理システム)などのサーバがランサムウェア「Akira」によって暗号化された。

3事例の復旧プロセスはどうだったのか

 ランサムウェアで暗号化されたシステムの復旧に当たり、3社はそれぞれの事業特性に応じた異なるアプローチを迫られた。結果として「3日」「50日」「73日」という復旧日数の違いとして現れることになった。

【3日で復旧】名古屋港コンテナターミナル:バックアップ体制と「アナログ運用」

 名古屋港が3日間という極めて短期間で復旧できた最大の要因は、自然災害を想定して構築されていた手厚いバックアップ体制にある。本番サーバのバックアップを1日1回の頻度で取得し、3日分を保存するとともに、その複製を別の場所に「隔地保管」していた。このバックアップデータが暗号化を免れたため、物理サーバ基盤のリストアを迅速に進めることができた。

 またシステム停止中に「マニュアル(紙)運用」を支える人員と、過去のアナログ運用の知見が現場に残っていたことも大きい。ITに依存しきらず、一時的に手書きのメモでコンテナ配置を管理し、業務を完全に停止させなかったことが早期回復を支えた。

【約50日で復旧】関通:「既存IT資産の廃棄」という経営判断と開発の内製力確保

 関通の場合、被害に遭ったITシステム(約7億円を投資した十数台のサーバ、PC500台、ハンディーターミナル1200台など)をフォレンジック(原因調査)して安全性を確認するには、膨大な時間とコストが必要であると判明した。

 物流停止が長期化すれば顧客の死活問題になる。そこで同社は「既存のIT資産を全て廃棄し、一から再構築する」という経営判断を下した。

 この決断を実行可能にしたのが、約30人規模の自社システム開発チームを擁していたという「内製化」の土壌である。事業停止に伴うキャッシュアウトに備え、即座に20億円の緊急資金を調達。影響範囲の調査よりも「復旧」にリソースを集中投資したことが、約50日での再稼働につながった。

【73日で復旧】大阪急性期・総合医療センター:オンラインバックアップの消失

 高度な人命安全と厳格な監査、そして約100台のサーバや2200台の端末に及ぶマルチベンダー連携の「複合システム」を抱える大阪急性期・総合医療センターでは、復旧において「100%の安全」を証明する必要があり、物理的に時間がかかるのは必然だった。

 そして診療体制復旧が長期化した背景には、「オンラインバックアップの機能喪失」もある。同センターは多くのシステムでバックアップを取得していたが、それらがネットワークでつながっていたため、本番サーバとともにことごとく暗号化された。

 残された手段は、オフラインのバックアップから約2200台の端末および多岐にわたる部門システムを手作業で1台ずつ初期化・クローニングしていく地道な復旧作業であった。

インフラと意思決定の「冗長化」が被害組織を救う

 これら3組織の復旧スピードに生じた大きな差を、対策の優劣だけで語るべきではない。それぞれの組織が負う「社会的責任の重さ」や「システム構造の複雑さ」も交わった結果でもあるためだ。

 復旧プロセスの在り方を見直す上では、システム規模や事業特性によって、許容される「生存戦略」(プランB)の選択肢そのものが異なるという大前提を理解しておくことが不可欠だ。その上で、サイバー防衛における復旧プロセスとして3つのポイントを押さえておくべきだろう。

1.バックアップの「物理的・論理的隔離」の徹底

 ネットワークに接続されたオンラインバックアップは、もはや対策とは呼べない。本番環境から物理的に隔離された「隔地保管」や「オフラインバックアップ」の仕組みを組み込むことが前提条件となる。

2.サイバーBCPにおける「非デジタル(アナログ)」の確保

 サイバーBCP(事業継続計画)において、システム停止時にマニュアル(紙)での業務継続手順が整備されているかどうか、またそれを実行できる人員がいるかどうかが、侵害初期の業務停止による影響度合いを左右する。「マニュアル自体が暗号化されて事業継続の進め方が分からない」といった事態を防ぐためにも、物理的な媒体での情報保持が必要となる。

3.「目標復旧時間」(RTO)を設定した訓練の実施

 関通は現在、「サイバー攻撃を受けても40分で復旧する」という目標を掲げ、定期的な“訓練”に取り組んでいるという。100%の防御ではなく、「いかに早く復旧させて攻撃の影響を無力化するか」という観点から、平時よりインシデント対応手順や、経営層を含めた意思決定プロセスを疑似体験しておくことが求められる。


 全国の食品サプライチェーンを揺るがしているニチレイの事態は、決して対岸の火事ではない。これだけサイバー攻撃のリスクが叫ばれ、被害事例が連日のように報じられていながらも、脆弱性が放置され、そこから容易に侵入を許してしまうインシデントは今なお後を絶たないことは、各種調査や報道でも明らかになっているためだ(関連記事)。

 自社システムが停止に追い込まれたとき、顧客や社会にどれだけのインパクトを与えてしまうのか。「どれだけ対策を講じてもリスクをゼロにはできず、明日はわれわれの組織が当事者になり、顧客に対する『加害者』となりかねない」という現実を直視し、自社の事業特性に合った「現実的な復旧プロセス」を設計・再点検し直すべき局面に来ている。

 そして、復旧プロセスとひとことでいっても、システムを自動的に元通りにする“魔法”は存在しない。最終的には現場の当事者による泥臭い努力、「元通りにする」という執念で事業再開が成し遂げられているのが実態であることも再認識すべきだろう。

 サイバー攻撃被害に遭った事実そのものや被害の詳細をほとんど公表しない組織もある中、本稿で紹介した3組織は、批判を浴びるリスクを覚悟し、その生々しい体験を社会に共有している。貴重な教訓が「有事への備え」を見直す契機となってほしい。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

スポンサーからのお知らせPR

注目のテーマ

その「AIコーディング」は本当に必要か?
Microsoft & Windows最前線2026
4AI by @IT - AIを作り、動かし、守り、生かす
ローコード/ノーコード セントラル by @IT - ITエンジニアがビジネスの中心で活躍する組織へ
Cloud Native Central by @IT - スケーラブルな能力を組織に
システム開発ノウハウ 【発注ナビ】PR
あなたにおすすめの記事PR

RSSについて

アイティメディアIDについて

メールマガジン登録

@ITのメールマガジンは、 もちろん、すべて無料です。ぜひメールマガジンをご購読ください。