3つ目は、開発スピードと品質(安全性)のトレードオフだ。JavaScript/TypeScriptランタイム「Bun」の開発陣が、AIによるコード貢献を拒否するBunの基盤言語「Zig」のコミュニティーに見切りをつけ、「Claude」を使ってわずか数日間でBunをZigからRustに丸ごと移植してしまうという事態に発展した。
背景にあるのは、AIを駆使して開発を爆速化させたいBun開発チームと、厳密性を重んじるZigコミュニティー側の思想の対立だ。AI活用のルールが「都合が悪い」と判断されれば、AIの力技でコミュニティーごと置き去りにされてしまうという分断を象徴している。こうした分断について、平田氏は「スピード」の裏に潜むリスクを指摘する。
「早く作れたのかもしれませんが、そのコードはお作法が守られているのか。後でちゃんと検証できたり、安全に使えたり、保守できたりするのかは別問題です。中身を隅々まで見ておらずメンテナンスできないような問題が起きれば、そのOSSを利用する企業側としても顧客に責任を果たせなくなってしまいかねません」(平田氏)
前述したように、こうした「手間のブレーキ」の消滅は、システム開発を外部に委託する企業や、受託開発ビジネスそのものにとっても決してひとごとではないと平田氏は指摘する。
「私たちが『プロダクトです』と納品した仕様書やテストコードを使って、今後はお客さま側で『これならAIを使って自分たちでプロダクトを作れる』となってしまう可能性があります。コード単体の品質面での差別化が難しくなる中、単に『動くシステム』を納品するのではなく、プロダクトを使う前後のユーザー体験(UX)を含めた根本的な課題解決を包括的に支援することに、われわれは注力しています」
現在進行形で結論が出ていないこれらの問題に対し、OSSを活用する企業はどう向き合うべきか。平田氏が強調するのは「AIの利用を禁止するのではなく、組織的なOSSガバナンスとチェック体制(ガードレール)を作ること」だという。
「非エンジニアである事業部門の担当者もAIを使ってシステムを作るのが当たり前になりつつある現在、知らずにOSSライセンス違反のコードを組み込んでしまうリスクは高まっています。だからこそ、違反が起きてから対応するのではなく、プロンプトやAIツールを用いて『AIが生成したコードにライセンス違反のコードが含まれていないかどうか』を自動でチェックさせる仕組みなど、安心して使える環境・手順を組織で準備していくことが大切です」
現状は「違反が急増している」というよりも、ルールの転換期にあるという。平田氏は最後にこう締めくくった。
「AIはダメだと断定したり、ここで挙げた3つの事象をどちらかの見方に偏り過ぎたりせず、結論が出ていないからこそ、オープンソースの在り方がどう決着していくのか、企業はしっかりと見ていく必要があるでしょう」(平田氏)
記者の目:
取材終盤で、もしクライアントから「AというOSSを使いたいがライセンスの制約が厳しい。貴社のAI活用スキルを使って、制約を回避した『Aと同等のOSS』を作ってくれないか」と求められたら、企業としてどう打ち返すのかを率直に聞いてみた。
平田氏は自社のバリューである「Do what's right(正しさを問い直し、信念を持って主張する)」を引き合いに出し、こう答えた。「お客さまなので頭ごなしに否定することはしませんが、モラルや法令に反するようなやり方は採るべきではありません。プロとして『こういう別の適切なやり方はいかがでしょうか』と提案すべきだと考えています」
ルールがAIの進化に追い付かない今、AIを利活用する個人のモラルや企業の倫理観が問われる事態も増える可能性がある。システムの制約やルールベースのアプローチだけではなく、エンジニア個人の規範意識の醸成や、それを支える組織の倫理観をどう育むかも、AI活用における焦点となりそうだ。
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