元メルカリCTOが日本企業のグローバル開発とAI時代の組織づくりについて、当事者としての経験を語る連載。第1回は、2018年にメルカリが実施したインド工科大学卒業生の大型一括採用と、その後の組織立ち上げについて。
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「優秀な人材を採用すれば、組織は強くなる」。その前提は、本当に正しいのだろうか。本連載では、Googleでソフトウェアエンジニアとして「Google Maps」「Android OS」の開発に携わり、メルカリで執行役員Group CTO(最高技術責任者)およびMercari India取締役Managing Directorを歴任した若狹建氏が、日本企業のグローバル開発とAI時代の組織づくりについて、当事者としての経験を語る。第1回は、2018年にメルカリが実施したインド工科大学(IIT)卒業生の大型一括採用と、その後の組織立ち上げについて(聞き手・構成:Tech Japan)。
※本記事における内容は個人の見解であり、過去に所属した組織の公式見解を代表するものではありません。
2019年8月、私はメルカリに入社しました。シリコンバレーに本社があったSun Microsystemsをはじめ、GoogleでGoogle MapsやAndroid OSの開発に携わり、Apple、LINEを経てのことで、キャリアの大半を多国籍かつさまざまなバックグラウンドを持ったメンバーの入り交じった開発チームで過ごしてきました。メルカリからお声掛けいただいた理由は「楽しいから一緒に働こう」というよりは「課題を一緒に解決してほしい」というものでした。外からは華やかに見えていた会社の、その率直さを面白いと感じ、新たな挑戦として入社を決めました。前年の2018年、メルカリはインド工科大学(IIT)の卒業生を一括採用して話題になっていましたが、その1年後の開発組織は課題に直面していました。
先に断っておくと、メルカリは当時の日本で最も大胆にグローバル化に踏み出した会社の一つです。それでも、暗黙知を前提とした日本的な組織運営のままでは、世界から集めた優秀な人材を受け入れ切れていませんでした。
読者の皆さんの組織では「うちは日本の会社だから、海外とは事情が違う」という感覚を、どこかにお持ちではないでしょうか。かつてはそれで困ることはありませんでした。しかし、エンジニア不足が深刻になり、海外の人材とともに開発することが現実の選択肢となった今、事情は変わりました。さらに生成AIの登場は、グローバル化と同じく「言わなくても分かる」に依存した組織運営の限界を突きつけています。グローバル化に最も積極的だったメルカリですら、この壁にぶつかりました。「海外とは事情が違う」と考えたままの組織と現実とのズレは、もっと大きいはずです。第1回では、メルカリでこの課題がどのように顕在化したのか、その出発点からお話しできればと思います。
2018年入社のIIT(インド工科大学)一括採用では、5都市で行われたキャンパス面接に1300人を超える応募が集まり、最終的に30人規模の新卒インド人エンジニアが日本に来ることになりました。ただ、最初から緻密な「採用戦略」があったわけではありません。
きっかけは、日本で採用したインド出身のエンジニアが非常に優秀だったことでした。「インドの人材はとても優秀だ。もっと採りにいこう」。メルカリには「Go Bold」というバリューがありますが、まさにその精神と勢いで、IIT(インド工科大学)一括採用と並行し、グローバル人材の採用を拡大していきました。受け入れ側の準備が追い付いていないことは、ある程度織り込み済みの挑戦でしたが、始まってみると想定を超えるさまざまな問題が発生しました。
入社した当初、私のミッションの一つは、モバイルアプリ開発の立て直しでした。開発方針を巡って社内の議論が錯綜(さくそう)していたのです。一見、グローバル人材の受け入れとは別の問題に見えますが、対立軸をよく見ていくと、日本人メンバーと海外から来た外国籍メンバーの間のギャップにたどり着きました。
当時の状況を表現すると、「全員が正しいことを言っているのに、前に進まない状態」です。日本の優秀なエンジニアには「職人気質」が強い傾向があります。自分の考える技術的な正しさや美しさにこだわり、「グローバルで主流だからといって、正しいとは限らない」と主張します。一方、グローバルなバックグラウンドを持つエンジニアは「現実に業界で広く使われている技術なのだから、巨人の肩に乗った方がよい」と主張します。内容だけを見れば、それほどもめるような話ではなかったと思いますが、意見の主張の仕方と合意形成の流儀が違っていました。日本側は無自覚に「行間を読んでほしい」と相手に求めてしまいますが、相手は「言葉にされたことが全て」という世界から来ています。その結果、技術論としては小さな差異が、コミュニケーションのすれ違いによって大きくなっていったのです。
この負荷を最も受けていたのが現場のマネジャー陣です。「この方針でいこう」と決めたことに対して、「なぜそのやり方なのか」と正面から問われます。説明したつもりなのに納得されず、その積み重ねで疲弊してしまう。反発する側に悪意はありません。決定に「なぜ」と問うのは彼らにとって当たり前の行為であり、説明する責任は決めた側にあるという感覚です。しかし日本の組織では、マネジャーが意思決定の理由を細部まで言語化して説明する訓練を受けていません。この構造的なズレを誰も言語化していなかったので、個々の衝突は「あの人とは合わない」という属人的な問題として処理され、同じ衝突が再生産されていました。
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