多くのITエンジニアにとって「転職」とは非日常のもので、そこには思いがけない事例の数々がある。転職活動におけるさまざまな危険を紹介し、回避方法を考える。
転職するとき、避けては通れないのが面接試験です。面接は採用企業が候補者の資質や適応性を見る場であると同時に、転職希望者にとっては新天地を見定めるという大事な意味を持つ場でもあります。
今回は面接の中でも、特に「圧迫面接」と呼ばれるものにかかわる事例についてお話しします。
田中さん(仮名)は中堅SI(システム開発)企業に勤める29歳のITエンジニアです。転職をしたいので相談に乗ってほしいということでお会いしました。ところが田中さんは、実はいまの会社に数カ月前に転職したばかりだというのです。
以前は金融機関のシステム子会社で銀行の大規模システムの企画開発などを担当していました。理系の大学を卒業後、7年間一貫して汎用機に携わっていましたが、今後はオープン系の技術を身に付けられる仕事に就きたいと思い、現在の中堅SI企業に転職をしたそうです。
「せっかく転職をしたのに、また転職を考えているのはなぜですか」と聞くと、仕事内容が入社前に聞いていたものと異なり、ギャップを感じているとのことでした。じっくりとお話を聞いたところ、典型的な転職活動時の判断ミスが浮かび上がってきました。
田中さんは以前の会社に勤務中に転職活動を始めました。転職サイトを通して2社に応募したところ、2社とも書類選考はパスし、面接の申し出があったそうです。
1社目は現在勤めている中堅SI企業に当たります。面接で田中さんは、それまでの経験や転職を希望する理由、将来に向けてのキャリアビジョンなどを中心に話したそうです。面接官は2人いて、エンジニア部門のマネージャと人事の採用担当者でした。2人とも田中さんのオープン系技術を勉強していきたいという志向性に共感を覚えたようで、田中さんの自信も高いものでした。
2社目は金融業界を得意とする大手SI企業。面接はエンジニア部門の部長SEと課長SEの2人で行われました。面接は1時間を超え、技術的な不足点を指摘されるなどかなり厳しいものでした。特に部長SEの
「君は業務では汎用機のシステムしか経験していないんだね」
「オープン系の実務経験はまったくないわけだけれど、どうやって技術的な不足を埋めていくつもり?」
「うちの社員の技術レベルはかなり高いよ。実務経験のない君についてこられる?」
などの度重なる指摘に対し、うまく切り返しができなかったそうです。業務外でもスキルアップに励んでいることや現在習得しているスキルを説明し、入社後もキャッチアップに努めるつもりであることを訴えたのですが、相手を納得させたという自信はありませんでした。「これが圧迫面接というものか……」。田中さんは意気消沈して家路についたそうです。
2社とも1次面接の結果は早く受け取ることができました。何と中堅SI企業からはすぐに採用内定の連絡が。大手SI企業の圧迫面接にもどうにか合格し、最終面接の申し出を受けました。
田中さんはとても悩んだそうです。「一方の会社は自分のことを理解してくれているし、希望する仕事にも就けそうだ。もう一方は入社してから身に付けなくてはならないものが多過ぎる。でも年収額などの条件面や会社の安定性は、大手企業の方が良さそうだし……」
悩んだ揚げ句、田中さんは大手SI企業の最終面接の申し出を断り、面接官の印象が良かった中堅SI企業への入社を決意しました。年収は若干下がりますが、ITエンジニアとして市場価値を上げていくためには汎用機だけでなくオープン系の技術も必要だと考えていたので、決断してからはむしろ将来に向けてのキャリアパスが開けたように感じて、期待に胸が高鳴ったそうです。
ところが、田中さんが入社直後にアサインされたのは、大手金融機関向けの汎用機系のプロジェクト。金融機関の合併に伴う勘定系システムの統合プロジェクトでした。田中さんは希望と異なり、前職と同じく汎用機系システムのITエンジニアとして仕事に就くことになったのです。「これは話が違う」とまず現場の上長に相談したのですが、面接に同席したわけではない上長には話が通じず、らちがあかないと思った田中さんはすぐに人事部の採用担当者に連絡を取りました。
田中さんは採用担当者から、当初はオープン系のプロジェクトにアサインされる予定であったこと、しかし今回のプロジェクトに人員を補給するのが急務であったこと、このプロジェクトは田中さんの経験を最大限に生かせるものであることなどを説明されました。そして将来的には希望にかなう仕事もあるだろうから、まずは現職場で活躍してほしいと説得されたそうです。
初めての転職後、またすぐに転職を繰り返すことのリスクを考え、田中さんは1カ月は我慢して仕事に集中したそうです。仕事は以前と同じような内容で、ユーザー系の仕事をしていた田中さんはプロジェクト内であまり権限が持てないことに物足りなさを感じていたそうです。
そんな田中さんが転職を再度考えたのは、同僚のひと言がきっかけでした。仕事が終わった夜遅くに同僚とお酒を飲みにいって聞かされたのは、田中さんは最初からそのプロジェクトに配属される予定だったということ。同僚いわく、ある日現場のプロジェクトマネージャを部長SEが訪ねてきて「銀行の勘定系に強い汎用機のITエンジニアが近いうちに入社する。本当はオープン系のプロジェクトを希望しているが、うまくなだめて使うように」と指示して帰ったそうです。
田中さんはプロジェクトマネージャに事の真相を問いただしたそうですが、好意的な回答は得られず、失意のうちに転職活動を始めたそうです。私が田中さんと会ったのは、それから数日たってからのことでした。
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