クランボルツ氏が来日時の講演で強調していたことは、前述のように、まず「行動すること」です。また同時に、「偶然の出会いや出来事」を生かすキャリアづくりの基本スタンスとして、「オープンマインド」という言葉を示しています。
オープンマインドを直訳すれば、「開かれた心」。意訳すれば「優柔不断」です。「私にはこれしかない」「これ以外はやりたくない」という硬直的・閉鎖的な考え方ではなく、何事も前向きに受け止めるということです。自分のキャリアの方向性を焦って決めなくていい。無理に目標を持たなくていい。いい意味で優柔不断な態度を取る。「本当は何をやりたいのか」といった重要な決断をあえて遅らせ、いろいろことに首を突っ込み、自分が持っている無限の可能性を信じ、あれこれやってみる。多くの人の場合、実践を通じて、自分のやりたいこと、進むべき方向性が少しずつ見えてくるものなのです。これは特に20代の時期、社会人として自分の適性や好きなことがはっきりしない時期においてに有効な考え方だといえます。
クランボルツ氏の計画された偶発性理論を実践するうえで、重要な5つのキーワードを説明します。
●1.好奇心
オープンマインドと関連性が強いキーワードです。自分の専門分野やそもそも関心があることだけに閉じこもらず、自分の知らない分野にまで視野を広げ、さまざまなことに関心を持ちましょう。これは、新たな分野で知識を学び続けることでもあります。
●2.持続性
いろんなことに首を突っ込むのはいいのですが、あまりあっけなく投げ出してしまうと、何も残りません。どんな仕事であれ、何らかの手応えを感じたり、向き不向きを判断できるようになるためには、相応の努力、粘りが必要です。最初のころにうまくいかなくてもめげずに続けてみましょう。また、一足飛びに結果を出そうとするのではなく、足元を固めながらじっくり取り組むのです。
●3.楽観性
例えば、意に沿わぬ異動や転職を、ネガティブな出来事として悲観的に受け止めるのではなく、自分の知らない世界に飛び込むチャンスだと楽観的にとらえましょう。「人間万事塞翁が馬」ということわざがありますが、どんな出来事も本人が楽観的に受け止めれば、すべては自分のキャリア、人生にとってプラスに転じることができるのです。
●4.柔軟性
このキーワードもオープンマインドとの関連性が強いですね。こだわりを捨て、「なんでも来い」の気持ちがあれば、軽やかに人生やキャリアを歩んでいけます。
●5.リスク・テイキング
予期せぬ出来事、つまり偶発を求める行動は、いわば未知の世界への冒険のようなものです。何が起こるか分かりません。さまざまなリスクが潜んでいます。痛い目、つらい目に遭うこともあるでしょう。いばらの道に迷い込むこともあるでしょう。ですが、その先に美しい花が咲いているかもしれません。積極的にリスクを取りに行きましょう。
計画された偶発性理論は、かなり精神論的な内容であり、「理論」と呼ぶのはどうだろうと思われる方もいらっしゃるでしょうね。ただ、多くの先人たちのキャリアの振り返りから導き出された経験則としては妥当性が高いといえます。何より、キャリアの成功のためには「目標」がなければならない、その「目標」にこだわらなければならない、といった従来の硬直的な考えから解放してくれる点が当理論の良さだと思います。
参考文献
▼『その幸運は偶然ではないんです!』J.D.クランボルツ、A.S.レヴィン著、花田光世、大木紀子、宮地夕紀子訳、ダイヤモンド社
▼「クランボルツ氏来日講演資料」(慶応義塾大学 SFC研究所、キャリア・リソース・ラボラトリ、第6回シンポジウム、2005年6月28日)
松尾 順(まつお じゅん)
1964年福岡県生まれ。早稲田大学商学部出身。市場調査会社、IT系シンクタンク、広告会社、ネットサービスベンチャー、ネット関連ソフト開発・販売会社を経て、2001年より有限会社シャープマインド代表。マーケティングリサーチ、広告プロモーション企画&プロデュース、Webサイト開発企画&プロデュースを多数手掛ける一方、キャリア理論や心理カウンセリング、コーチングを学び、主に個人を対象とするキャリアアドバイザーとしての仕事を増やしてきている。顧客心理の理解向上を目指す「マインドリーディング・ブログ」主宰。「シナプスマーケティングカレッジ」講師。
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