ITエンジニアの日々の業務は、一見業界によって特異性がないようだ。だが、実際は顧客先の業界のITデマンドや動向などが、システム開発のヒントとなることもある。本連載では、各業界で活躍するITコンサルタントが、毎回リレー形式で「システム開発をするうえで知っておいて損はない業務知識」を解説する。ITエンジニアは、ITをとおして各業界を盛り上げている一員だ。これから新たな顧客先の業界で業務を遂行するITエンジニアの皆さんに、システム開発と業界知識との関連について理解していただきたい。
編集部注 本稿は2009年の記事です。現在は動向が変わっていることにご留意ください。
さまざまな業界を担当しているアクセンチュアのITコンサルタントが、ITエンジニアのための業界知識として、リレー連載をお届けしています。第7回のテーマは、「電力業界」の業界動向とITとのかかわりです。
電力業界は重厚長大で旧態依然とした経営をしており、そのIT環境もまた古くて巨大なホストコンピュータを中心に使っているというイメージをお持ちの方が多いと思います。
確かに、規制緩和によって自由化が進展し、経営方針が変わった場合でも、IT環境についてはなかなか変化が見られませんでした。しかし昨今は、電力会社も最先端のITを活用し、われわれの生活を変えるような、かなりインパクトの大きな取り組みに着手しています。本稿では、電力会社のITの全体像と、これから電力会社が目指している将来の姿についてお伝えしたいと思います。
まず、前提知識として電力事業の構造を確認していきます。皆さんご存じのとおり、電力事業は電気に関する生産から流通、販売までを行う事業で、ほかの事業と異なり、そのバリューチェーンを基本的に1社でカバーしています。
事業構造は、大きく以下の4つに分割されます。
(1)発電: 原子力、火力、水力・揚力などの電力の生産
(2)送電: 発電した電力を送電線で変電所まで輸送
(3)配電: 変電所から電力供給場所(工場、ビル、家庭など)まで配送
(4)営業: 電力の販売・サービスの提供
ほとんどの電力会社の組織はこの4つに分割されています。また、発電については、さらにその発電設備の種類(原子力、火力など)によって分かれています。
実は海外、特に先進国では、電力のバリューチェーンを1社がカバーする構造は主流ではありません。多くの先進国では自由化の流れの中で、(電力料金を下げることによる)競争促進を狙った電力会社の事業構造の垂直分割が進んでいます。事業構造の垂直分割を“発送配小売分離”といいますが、これは、発電所はいかに低コストで電気を供給できるかを競い合い、送電・配電は公共財として利用、小売り(営業)においては電気の小売り・サービス面で競争するという考え方です。EUでは2003年に送電の法的分離、全面自由化などを含めたEU指令が出され、加盟国はその順守が求められています。日本でも規制緩和の流れの中で、発送配小売分離の議論が進みましたが、電力自由化が先に進んだ米国で電力不足や大停電などの問題が発生したこともあり、実現しませんでした。
前述のとおり、電力会社は大きく4つの事業構造に分かれていますが、情報システムはそれに経理や資材といった事務系システムを加え、5つのカテゴリに分けて考えることができます(図1)。
電力会社は、規模が大きく、事業も電力に関するバリューチェーンをすべてカバーしているため、図1のようにかなり多くの種類の情報システムが存在します。また、事務系システムについては組織ごとに特性が大きく異なることもあり、部門ごとに持っているシステムが多く存在します。そのため、各電力会社は、他業界に比べ、情報システム部およびIT子会社の要員を多く抱えています。
電力会社の情報システム(特に営業、配電、事務系)に共通する特徴は、以下のとおり大きく3つ挙げられます。
(1)大規模
情報システムの規模は事務系であれば“従業員数”、営業系であれば“顧客数・契約者数”によってそのサイズが決まってきますが、電力会社はその両方とも多いため、基幹系のシステムとなると、ほかの業界ではほとんど扱うことのないサイズのサーバやデータベースを扱うこととなります。
(2)要件の複雑さ
電力会社は公共事業であるがゆえにさまざまな規制が存在し、それらに対応する必要があります。例えば料金計算では、「融雪向け」「農業地向け」「停電時」などなど、非常に多様なパターンの要件を満たす必要があり、どうしても複雑なロジックを実現しなければなりません。また、事務系システムにおいても、さまざまな雇用形態の社員や金融機関・組織に対応しなければならないため、パターンは膨らむばかりです。そのため、パッケージの世界では、そのカスタムプログラムの量が国内最大となる事例は、電力会社のプロジェクトであるという場合も多いようです。
(3)高品質
電力事業は社会のインフラ事業であり、電力会社の顧客ではない会社、家庭は存在しないといっても過言ではありません。よって、たった1つの障害でもその地域の住民の生活に大きな影響を与えますので、社会的な関心も非常に高いものとなります。
例えば、誤って請求がなされるような事態が生じると、すぐに新聞やテレビで報道されますし、個人情報などのセキュリティ面にも厳しい監視の目が向けられています。こうした特性から、各情報システムに求められる品質はかなり高く、テスト工程にもかなりの時間を要する場合が多いといえます。
ちなみに、わたしはこれまで電力会社の「コールセンターシステム」「料金システム」「人事システム」などのプロジェクトにかかわってきました。いずれの案件も、最終的には100人を超える開発要員を抱え、かつ数年にわたる大規模のプロジェクトに発展しました。
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