次世代プロセッサコア「Bobcat」は、AMDにとって新市場への挑戦といった意味がある。IntelのAtomに対抗するこのコアの狙いどころは?
IDFでIntelが「Sandy Bridge(サンディ・ブリッジ)」という開発コード名の次世代プロセッサを発表したところだが、ひねくれものなので、またAMDの方を取り上げさせていただく。夏のHOT CHIPSというプロセッサ・メインの学会で、AMDが新アーキテクチャの発表をしたからだ。とはいえ、いろいろ開発状況がアナウンスされていた後での詳細発表であるので、それほど新味があるともいえない。しかし、新コア登場で少しは状況が動くかという期待もあるのだ。
それにしても、HOT CHIPSも数字が一桁の最初のころは縁があったが、今年ですでに22回目(HOT CHIPS 22)となったという。HOT CHIPSに登場するチップの論文が掲載されるIEEE MICRO誌は未だに購読しているものの、最近は学会にとんと縁がない。前も書いたとおり、プロセッサ自体にいまでも関心を持っている人はいるが(それでこんなことを書いているのだが)、コンピュータの裾野の広がりに比べると、プロセッサへの関心はかえって狭まってしまっている感じもある。この辺は車の世界と一緒な感じがする。モータリゼーションの初期のころは、車の台数は少なかったが、車のオーナーといえば、自分の車のエンジンの型式とか特徴とか、「語れた」人が多かったのではないか。いまごろは、その手の話題を「語れる」のはマニアに限られるように思われる。だいたい自分の車が直列4気筒といったことすら、知らないで運転している人は多いのではないだろうか。プロセッサ=エンジンととらえるならば、コンピュータ業界もそれに似た状況になりつつあるのだ。
さて取り上げさせていただくのは、AMDの「Bulldozer(ブルドーザー)」と「Bobcat(ボブキャット)」という新コアのうち、「小さい方の」コアのBobcatである。Bulldozerというのは、その名のとおり、大きくて力強いメインストリームなコアなのだが、すでに第114回 AMDが描くCPU+GPUの先にスパコンが見える?」で取り上げているし、大きな変更があったわけでもないので、今回は「小さい方」の話をする。こちらの方が、AMDにとっての「新市場」への挑戦といった意味があるだろうからだ。
AMDにとっての「新市場」というのは、ミニノートなどに代表される小型軽量のノートPCの市場である。ネットブックという名は廃れてしまった感があるが、結局のところ低価格化の大きな流れの中で、小型軽量のノートPCが個人用のPCの主流となってしまった。かつての「メインストリーム」であったデスクトップPCなどは、マニア向けのスポーツ・カー的な位置付けになりつつある。従来、AMDはサーバとデスクトップを主要ターゲットにしており、このあたりの流れを捕捉しきれなかったのか、手が回らないのでスルーせざるを得なかったのか、この市場に適した製品を持っていなかった。そのため、この手の低価格ノートPCは、インテルのAtomに独占され、締め出されてしまっていた感がある。このままだと数が出る一般消費者市場から遠ざかってしまうので「ヤバイ」という認識はあったはずだ。そこへ反攻をかけることになるBobcatというコアには、敵前上陸的な使命が担わされているに違いない。
ここでAtomと差別化して市場に入り込む戦略には可能性が2通りあると思う。1つは、Atomより低価格、低消費電力の「より軽い」コアとして実装し、下を狙う方法であり、もう1つは、Atomと価格などは変わらないけれども「よりパワフル」な性能で上を狙う方法である。前者は、うまくいけば大化けし、低価格ノートPCよりも下で、iPadやスマートフォン的な市場をx86プロセッサにもたらす可能性があるものの、先行するAtomと、場合によってはその下にいるARM系のRISCなどとも泥沼の値引き合戦になる可能性が高い。
それに対して後者は、価格と消費電力でAtomと同等以上のものが打ち出せる見込みがあれば、すでに見えている市場なのでリスクは低い。どうもAMDは、新市場に確実に橋頭堡を築くために後者の戦略をとったようだ。それこそ一桁台のHOT CHIPSであれば十分フラグシップであったようなアウトオブオーダ・コアでATOMのちょっと上を狙ってきた。商品化時には、性能は上だが、消費電力と価格は抑えめに、というあたりにラインアップは置かれるのではなかろうか。
当然、かねて推し進めているGPUやチップセット機能の一部を取り込むというSoC(System On Chip)化は必須である。何といってもSoC化は最高性能を追い求めるよりも、よりよい価格性能比、よりよい電力性能比といった「相対的なよさ」狙いにこそ生きてくるからだ。これで何とかAtom独占を打ち破り、市場に入り込むのが最初のステップだろう。その次になったら、AMDが強調しているプロセスのポータビリティが可能な「作り方」というところがポイントになってくるかもしれない。
昔々、一桁台のHOT CHIPSで、DECのAlphaプロセッサが当時としては異常な速さを誇ったときに、「全部人手で設計しているからだ」とDECの人間が豪語していた記憶がある。昔からプロセッサはASICなどと違って、手をかけてチューニングして最高の性能を叩き出すものであったのだ。もちろん、設計ツールも最高級なものを多数使っているので、人手というのは比ゆなのだが、最後はプロセスやアーキテクチャにギリギリまで合わせ込むようなチューニングをする。AMDは、いまでもその伝統に忠実な数少ない会社だと思うのだが、このBobcatでは従前とは違う作り方をしてきているようだ。このあたり、先端品というより一般消費者向けの大衆車的テイストであり、ライバルのAtomとも一脈通じる考え方である。この新ラインの参入作戦がうまくいったのなら、次の世代では、一歩進めて、上でなく、より下の市場を狙ってもらいたいと期待するのだが、どうか。
それにつけてもBulldozerとBobcatというネーミングだ。ここにAMDからの「メッセージ」が読み取れないだろうか。Bulldozerは日本人にも分かる「ブルドーザー」だが、対するBobcatは、猫族の一種というより「米国の重機会社のブランド」かもしれない。米国人なら、道路工事などでよく目にしているのではないだろうか。日本でいったら「コマツ」といった感じだろうか? パワーショベルか何かのイメージだ。どうもAMDは自社製品に重機のような「パワフルな」イメージを与えたがっているようだ。それに頭文字の「B」つながり(AMDの技術の偉い人も確かBrad Burgessさんで「B」だなぁ)。何となく、昔トヨタが頭文字「C」で車名を並べていたのを思い出させる。なにか意図はあるのかな?
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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