現実は「ソーシャル・ネットワーク」ではないプログラマ社長のコラム「エンジニア、起業のススメ」(3)(1/2 ページ)

» 2013年09月06日 00時00分 公開
[Tim Romero(ティム・ロメロ),Engine Yard]

映画のような米国スタートアップ事情

 世界中のアントレプレナー(起業家)と話をすることは、私の大きな楽しみのひとつだ。彼らは皆ポジティブでエネルギッシュで、情熱に満ち、新しいアイデアに溢れているため、話をしていて飽きることがない。

 だが、私が最初の会社を立ち上げてからの20年間で、起業家が自らの技術について語る手法は、日本でも米国でも大きく様変わりした――日本は良い方に、米国は悪い方に。

 具体的に説明しよう。

 われわれが会社を立ち上げた頃のヒーローと言えば、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、リチャード・ブランソン。いずれも先見の明があり、長きにわたって1日何時間も馬車馬のごとく働き続け、その結果、幸運を手にし、最終的に帝国を築いた。最近自伝を読んで知ったのだが、盛田昭夫氏も全く同じ人種だったようだ。

 彼らとその仲間たちは仕事熱心で(その間も楽しみはいろいろあっただろうが)その物語は常に、発明・競争・粘り強さのたまものとして語られる。

 会社を成長させるのは今も昔も競争であることに変わりはないが、今日の米国の起業家たちは、ビル・ゲイツや盛田氏の生きざまよりも、映画「Social Network(邦題:ソーシャル・ネットワーク)」で語られる架空の物語の方に刺激を受けているらしい。

 この架空のアントレプレナーシップ(起業家精神)の世界では、カメラに映らない人たちが激務に耐えて粘り強さを発揮し、起業家自身は、夢を思い描き、5つ星レストランで酒を酌み交わしつつ契約書にサインし、大音響のナイトクラブで下着姿のモデルに囲まれながら戦略的提携を結ぶ。本当にそうだったらどんなに良いかと思うが、現実にはそんなことはあり得ない。

 米国ではどういうわけか、会社を立ち上げることは「後に報酬へと結びつく可能性を秘めた挑戦的なもの」から、「初めから愉快で楽しい、エンターテイメント的なもの」へと変わってしまったらしい。言ってみれば、起業家精神はコンタクトスポーツからビデオゲームになってしまった。

華やかで画一的な米国のベンチャーイベント

 去年、サンフランシスコで開催されたある著明なベンチャーイベントに参加したとき、私はこの転換を目の当たりにした。イベントの参加者は3000人を超え、会場ではロックミュージックの大音響と歓声が響きわたり、私はとても楽しいひとときを過ごした。そのイベントはとにかくエンターテインメント性が高く、誰もがお祭り騒ぎの雰囲気に飲みこまれていた。

 しかし、何かがおかしい。参加している起業家たちは、不気味なほど画一的に“独自の”アプローチや機会について語り、同じ業界用語や言い回しを使って、自分たちの技術は世界を根底から変えてしまうくらい破壊的で斬新な技術だと断言していた。

 ある男性に、そのタスク管理アプリのどの点が斬新で、類似の既存製品との違いは何なのかと尋ねてみた。彼は熱弁したが、内容は乏しく、想定される競合の戦略的目標や潜在的な市場規模については曖昧な答えしか返ってこなかった。ユーザー数や開発プランなどの質問に対しては、NDA(秘密保持契約)の基でしか答えられない、ということか。

 勘違いしないでほしいが、そこではよく考えられたアイデアも数多く披露されていた。ただ全体的に、起業家たちがまるで何かのRPG(ロールプレイングゲーム)をしているかのように思えたのだ。「私の質問は“正解”を導き出すための問題のひとつで、レベルクリアに十分な正解を集めれば、次の資金調達のラウンドに進める」とでも言うように。

 会場はシリコンバレーというよりハリウッドで、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストたちがまるで映画スターのようにもてなされていた。出席者の中には本物の映画スターも居り、最近アントレプレナーとなった女優のジェシカ・アルバ氏は、自身の新興会社を経営するうえでのチャレンジと報酬についてインタビューを受けていた。

 アルバ氏は誠実で、彼女のビジネスプランも合理的なように思えた。彼女の素晴らしいところは、新たなeコマースブランドを立ち上げるうえで自分の名前が役立つだろうとの考えの下、巨額の資金調達を成し遂げたことだ。彼女の成功を願って止まない。しかし彼女は、起業家となりビジネスを立ち上げるうえでの実用的な実務の知識はほぼ持ちあわせていないに等しい。

 これは特別なケースではなく、ジャスティン・ティンバーレイクやアシュトン・カッチャー、MCハマー、レディー・ガガ、さらにはジャスティン・ビーバーといったセレブが、新興会社に投資するだけでなく、その立ち上げや経営についてのアドバイスをも求められることが多々ある。たとえそれがまったくもって意味不明な理屈であっても、メディアや今日の若いアメリカの起業家たちの多くは、そういったセレブたちの意見を真に受ける。

 残念なことに起業家精神のハリウッド化は、まさに、映画「ソーシャル・ネットワーク」の成功とともに始まった。これから「シリコンバレー」という新たなTVショーが放映されるらしいが、起業の面白くてエキサイティングな部分がさらに強調されてしまうのだろう。

 米国の起業家や投資家たちは、ハリウッドが作り出した起業物語のイメージと現実を混同し、よろしくない方向に向かいつつある。しかし会社を成長させることは、ハリウッドのような娯楽ではなく、ましてやセクシーなものでもない。

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