まずお客さんが商品をショッピングカートに入れてから、それが本当にカートに入ったかを確認したり、次の商品を見られるまでに数十秒かかる可能性があるわ。お客さんはその間、システムがちゃんと処理しているのか不安だし、イライラするでしょ。あんまり待たされたら、他のお店の方がいいやって思って、二度と来てくれなくなるかもしれないし。
そ、そんなの困るなあ。
もっと困るのはこの後よ。もしも購入決定ボタンを押した後、あまりに長く処理に時間がかかると、ネットワークがタイムアウトして、商品を買ったつもりなのに買えてないってこともあり得るし、ユーザーがPCを切っちゃったら、プログラムが異常終了して何が起こるか分からない。購入決定していないのに商品が発送されたり、請求が出たり……。
駄目、駄目、駄目! そんなことになったら、オンラインショップだけじゃなくて、本体のスーパーの信用までがた落ちだよ!
下手したら損害賠償だってあり得るから、有形無形の損害は計りしれないわよ。
でも、そういうことって、オンラインショップを作るとき、当然考慮に入れなきゃいけないことじゃないの?
それはどうかしら。「言われてないから知りません」ってベンダーも結構いるわ。大手でも性能要件を約束するのを嫌がることがあるし。性能要件とそれに付随するセキュリティ要件は、かなりの量の検討や設計、プログラミングが必要になるから、やるかどうかでベンダーのコストが相当変わるのも事実だしね。
こちらは必要だけど、ベンダーは約束したがらないんだね。じゃあ、どうしたらいいの?
基本的なこととして、性能要件を条件付きで決めることね。
条件付き?
例えば、同じシステムをインターネットを通さない直結で動作させた場合の速度を定義するとかね。これなら、ベンダーも約束するはずよ。これでシステムの基本性能をまず約束してもらう。
まずサーバー内の処理速度を縛るってことだね。
そしてできるだけ早い時期に、実際のインターネットを使って実証実験をするのよ。本来なら、要件定義中にパッケージソフトの開発会社の環境とかを借りて実施して、その結果を基に、実現可能な処理速度を定義するべきなんだけどね。
その結果が悪かったら?
なるほど。それにしても、たった1行の書き換えでこんなに変わっちゃうなんて、要件定義書って怖いねえ。
その1行が何億円って損害につながることだってあるんだから、シビアに見ないとね。ただ今回のベンダーは……
問題アリ?
要件定義書は、契約書別紙として位置付けられるべき重要な書類で、裁判でも重視される文書よ。それをうやむやのうちに都合よく書き換えて、その議事録も残していないなんて、悪意すら感じるわ。傷の浅いうちに違約金払って変えた方がいいかも。
ど、どうしよう。また、パパに叱られる。
パパじゃないでしょ! スーパーの経営とアタシの顧問料が危険に晒されてるのよ。何とかしなさいよ!
「パパに叱られる前に塔子に怒鳴られちゃった(てへぺろ)」(章介)。越後屋のシステム開発はどうなるのか、続きは2月21日掲載です。
※3 「多段階契約」と言われ、経済産業省も薦めている。ユーザーにとっては全体費用が見えにくいというデメリットがあり、プロジェクト開始当初にベンダーが見積もった費用を大幅に上回る可能性もあるが、工程毎にベンダーの選定を行えるメリットもある。
細川義洋著
日本実業出版社 2100円(税込み)
約7割が失敗すると言われるコンピューターシステムの開発プロジェクト。その最悪の結末であるIT訴訟の事例を参考に、ベンダーvsユーザーのトラブル解決策を、IT案件専門の美人弁護士「塔子」が伝授する。
細川義洋
東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員
NECソフトにて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムにてシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダー及びITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも稀有な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。
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