阿部川 起業当初、何に一番苦労しましたか?
ライコー氏 「何を売るか、どうやって売り上げを上げるか」でしょうか。私たちはどうやればいいか十分知っていたつもりでしたが、実のところは何も知りませんでした。最初の幾つかの交渉はうまくいきませんでしたし、キャッシュはだんだん枯渇していきました。
顧客がいなければ、心配の種は尽きません。映画「マトリックス」を覚えていますか? 主人公は物語の序章で「赤と青のカプセル、どちらを飲むか」選択を迫られます。どちらを選べば、どのようなことが起こるのかは分かりません。起業とは、あのシーンのようなものです。
間違った方のカプセルを飲めば、それはそれは恐ろしいことになります。誰も自分に給料を払ってくれないし、請求書がきても支払えない――会社を起こして最初の数カ月はずっとそうなるのではないかという恐怖と戦う日々でした。そのうちに最初の顧客が決まり、銀行に最初の入金があり、本当にホッとしました。それまでは、不安で真夜中に何度も目が覚めましたよ。
阿部川 起業時に現在の事業形態を想像して、それに向かって会社を運営してきたのですか? それとも、少しずつ事業そのものが形作られてきたのですか?
ライコー氏 全く予想していませんでした。11年前はバックアップの事業などは考えもしませんでした。当時はクラウドさえ存在しなかったのです。以前からデータそのものがコンピューティングにとってとても大切な役割を果たすことは理解していましたが、当社のソフトウェア開発がどこに向くのかということは、正直言って分かりませんでした。
仕事でどのような素晴らしい機会が訪れてくるかは、事前に予想はできないものです。私たちは最初はセキュリティの分野にフォーカスを絞っていました。
そうするうちに、顧客から「ストレージの分野はやらないのか?」と聞かれることが多くなりました。私たちは詳しいことは何も分からなかったので、伝手(つて)を頼って多くの専門家に話を聞き、米国やヨーロッパなどの先進企業を調べました。それから数年したら「バックアップは提供してくれないのか?」と言われ、専門家に話を聞き、調査をして、の繰り返しです。
阿部川 そして現在はデータバックアップの延長線上として、ディザスタリカバリの分野へも事業を広げているのですね。
ライコー氏 そうです。ディザスタリカバリは現在主要な事業の一つですし、データマネジメントも大きな一つの事業分野です。新しい事業分野がどんどん生まれています。それはとてもエキサイティングなことです。
阿部川 今までのキャリア、特にすでに成功している大企業を退社して、自身で起業したことに対して後悔を感じることはありますか?
ライコー氏 正直に言うと、今でもよく自問しますよ。あのまま大企業にいた方が、より大きな成功を手に入れられたのではないかと。ある程度の役職に就いて、悪くはない給与をもらって、家族もそこそこ幸せかもしれません。でもそこには、自分の血や肉となるような本当の意味の体験はなかったと思います。
会社を興し、人を雇い、製品を開発し、ビジネスパートナーを探し、他の起業家と語り合い、投資家と語り、銀行と交渉し、米国に行き、ヨーロッパに行き、多くの人と出会う。これら全てを自分で体験できたのです。こんなことは、元の大企業にいたのでは決して経験できなかったと思います。
私は人よりも楽しんで生きてきたとは思いますが、楽観的だったわけではありません。仕事で成果を出すことだけを考え、信じてやってきました。でもこれほど多くのことが体験できたのは、やはり楽しかったからだろうと思います。
社名の「ブルーシフト」は、天文学用語の「青方偏移」。光や波長に関するドップラー効果のことで、こちらに向かって近づいてくる波長は明るく見えることの意なのだとか。なぜこの社名にしたのか訊ねたところ、「テクノロジーが急激に変化して、どんなに早いスピードでユーザーに近づいてきても、それを捕まえられるような会社になる」ことをイメージしたと、照れながら教えてくれた。
ライコー氏はよく笑う男だ。インタビュー中もよく笑った。オフィスを岩本町にした理由を尋ねると「秋葉原に近いから! ハードウェアのパーツやソフトウェアが必要になったらすぐに買いにいけるからね。会社のガレージにはスクーターを2台置いているんだよ」と答えて笑い、周囲に飲食店が多いことも理由に挙げ、「会議を夕方に設定したら、打ち合わせ後に続きを立ち飲み屋で話せるだろう?」と言っては、また楽しそうに笑う。
その明るい彼が、起業当初はキャッシュフローが心配で、真夜中に何度も飛び起きたという。その孤独を、ソフトウェア開発という軸足のドメインは変えることなく、適用させるサービスや市場を的確にトランスフォームして乗り越える原動力に変えた。「今まで得てきた数々の体験や出会いこそが自分の財産」と言い切る彼の姿を見て、本当の起業家精神に触れた思いがした。
インタビューが終わってから「成功していますね!」と言うと、「何とかうまくいっているだけです」と照れてから、「おっとゴメン」と携帯の着信に目をやり、「娘からです」と言ってまた笑い、子煩悩な一面も見せた。
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