ところで、VW GITC が本格稼働に至るまでに、2つの大きな「決断」があったと担当者は説明した。
1つは「サムライ対ニンジャ事件」。
VW GITCの最大の目的の1つは、既存のIT運用の限界を打破することにあった。
担当者はこれまでのIT運用を「サムライ」に例える。高価なマシンに依存し、リソースの調達には、いちいち手作業による決裁を必要とする。サービスのロールアウトまでに月単位、時には年単位の時間を必要とするが、利用技術に何らかの問題が発生すれば、最初からやり直さなければならなくなる。
これに対してVW GITCは、汎用のハードウェアを用い、柔軟で俊敏性に富むITインフラ環境を、継続的な改善努力に基づいて提供することを目指している。最大の目標はリードタイムの短縮だ。マインドセットとしては「ニンジャ」に近いとする。
だが、VWグループでは、既存のITインフラ運用で実現されてきた「品質」という要素をVW GITCに組み込み、2つの世界の「いいところ取り」をしたいと考えた。
このためにやるべきことは明白だったという。「既存IT運用チームの人材を生かし、新しい世界におけるメリットを、これまでの世界における専門家と共に実現していくことだった。(言い換えれば、)新しい世界のメソドロジーに、古い世界(の人々)を感染させることを考えた」
もう1つの決断は、「プロジェクト対プロダクト」に関するもの。
これまでのIT運用では、サーバ、ストレージなどの分野別チームが、個別のプロジェクトを推進する形になっていた。VW GITCの当初の稼働開始時も、このやり方を引きずっていた。だが、時間的なプレッシャーが高まる一方で、プロジェクト間の擦り合わせがうまくいかず、大きな問題を引き起こした。
そこで、「プロジェクト」ではなく「プロダクト」という考え方に切り替え、運用を改善してきたという。これは平たく言えば、「VW GITCでやることは、全て(社内ではあっても)顧客に向けたサービスだ」という考え方を徹底するということを意味する。
「このサービスの市場はどこにあるか」「個々のプロダクトは、ユーザーにどのような価値をもたらすのか」を考え、同時に運用モデルおよびサポートモデルを明確化することが重要だという結論に至ったと担当者は話す。
その後はサービス内容について明確なロードマップを策定、ユーザーに説明ができるようにした。また、MVP(Minimal Viable Product:最小限の機能から製品を提供する)モデルを採用し、顧客であるユーザーたちのニーズについて誤解があったと判断した時点で、いつでも方針転換ができるようにしたという。
このように、VWグループのIT部門は、OpenStackを基盤としたプライベートクラウドを推進している。だが、「なぜいっそのことパブリッククラウドを全面採用しないのか」という疑問は自然に湧いてくる。講演でもこのような質問が出たが、講演者は「データ保護が理由」とだけ答えている。
だが、VWグループのOpenStack Summitにおける講演の内容を踏まえると、より大きな理由があるのではないかとも考えられる。
「データ保護」という言葉で、データの秘匿性確保およびデータの保全を意味しているのなら、パブリッククラウドで確保するやり方はある。これはどちらかといえばテクニカルな問題といえる。
それよりも、ブランド、部門、地域にまたがって、新しいアプリケーションへの取り組みが活発化しつつある今の時期に、プライベートクラウドの運用を、同社が今後武器の1つとしていくべきITに関する戦略を見いだすための、重要な一助としたいのではないだろうか。
データに関しては保護というよりも、例えば自動車や顧客などの発するさまざまなデータを、ビジネスで最大限に生かすための基盤とはどういうものであるべきなのか、さらに各部署におけるデータの活用プロセスはどうあるべきなのかがテーマとなり得る。
また、今後の迅速なIT機能やサービスの展開と、セキュリティ、ガバナンス、コンプライアンスとの関係について、完全とは言わずともプロセス確立にある程度めどをつけたいのではないか。つまり、プライベート、パブリックを問わず、大規模な企業グループとして「クラウド」をどう使うかにつき、何らかの解を見いだしたいのではないか。
さらに大きなくくりでいえば、VWグループは将来にわたり、できるだけ自社の選択肢を広く保っておきたいのではないか。あるパブリッククラウドに(新しいアプリケーションだけでも)全面移行し、その後必要に応じて他のパブリッククラウドの併用あるいは移行を考えるというやり方も、理屈としてはあり得る。一方、もう1つのやり方として、自社で中核的なIT機能を賄えるように準備を整えた上で、純粋なコストおよび利便性の観点からパブリッククラウドを選択し、併用するというやり方も考えられる。
VWグループはプライベートクラウドのプラットフォームとしてOpenStackを選択した最大の理由として、オープンなエコシステムであることを挙げている。そして、口で言うだけでなく、OpenStack FoundationおよびCloud Foundry Foundationに参加している。こうしたオープンソース重視の行動に、「自社のITの将来を自らコントロールできるようにしておきたい」という考えが強く働いていたとしても、不自然ではない。
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