企業の経営判断の中心はERPからIoTへと移行しようとしている。P&Gと米国の大手機器メーカーの事例とともに、「IoTをどう生かすべきか」のヒントをガートナーのイベントから探る。
これまで企業の経営判断の中心には財務や人事、受注、生産管理を統合するERP(Enterprise Resource Planning)システムが存在し、経営資源の効率的かつ有効的な活用を支援してきた。それが今、その中心は“IoT”へと移行しようとしている――。
「これからは、IoTが経営判断や意思決定を握る時代。いずれは自動化が進み、“モノ”が人間を介さず判断するようになるかもしれない。いずれにせよ、情報テクノロジー史上初めての展開だ」。「ガートナー エンタープライズ・アプリケーション&アーキテクチャ サミット 2017」で講演「アーキテクチャでデジタル化を実現するIoTプラットフォームの新しい役割」に登壇したガートナー リサーチ部門 バイスプレジデントのベノア・ラルー氏は、未来をこう予測する。
IoTのビジネスは、IoTセンサーから始まりバックエンドのERPシステムへとつながる、エンドツーエンドのソリューションだ。その事例として、ラルー氏はP&Gを取り上げた。
同社のプラグタイプのエアフレッシュナーは、モーションセンサー、温湿度センサー、Wi-Fi接続機能を搭載。ユーザー宅の無線LANルーターを経由してArrayent Connect(IoTプラットフォーム)に接続、センサーの計測データなどが収集される。
ユーザーは専用スマートフォンアプリからArrayent Connectを介して自宅のフレッシュナーにアクセスし、好きな芳香に切り替えることが可能だ。また、Nestサーモスタット(空調設備の総合管理機器)を導入していれば、空調による空気の流れに応じて芳香を噴出、効率的に香りを拡散させたり、湿度が高い場合は芳香の噴出頻度を下げたりといったことが自動で実行される。将来的には、アマゾンの音声アシスタント「Alexa」と連携し、音声による制御が可能になるという。
もちろん、IoTプラットフォームで収集されたデータはP&GのERPシステムなどからもアクセスでき、今後の商品開発などカスタマーエクスペリエンスの向上に活用されている。
エッジのIoTデバイス、IoTデバイスが発信する情報を仲介するIoTエッジプラットフォーム、データを集約・分析するクラウド上のIoTプラットフォームハブ、そしてエンタープライズアプリケーション。これはガートナーが提唱するIoTプラットフォームのレファレンスモデルで、P&Gの事例はこの全階層を網羅する適例だ。
特に最近は、IoTプラットフォームハブを担うプロバイダーが増えた。通信やデバイス管理、情報管理、アナリティクス/仮想化、セキュリティ、アプリケーション統合などが複合されたIoTプラットフォームハブは、運用管理に専門性が求められる。それをサービスとして利用できるようになったことで、2020年までに、IoTプラットフォームスイート(エッジ、IoTエッジプラットフォーム、IoTプラットフォームハブ)を活用するようになる割合は現在の3分の1から3分の2に上昇するとガートナーは見ている。
IoTプラットフォームプロバイダーは現在150近くあり、日本でも富士通や日立、NECなど大手が次々参入している。アマゾンやゼネラル・エレクトリック(GE)、IBM、マイクロソフトなど一部プロバイダーのユースケース、注力先(IoTデバイスのベンダー、またはIoTサービスの運用/所有者)、特に得意とする業界/市場をまとめたところ、「多くは製造業をカバーしているが、ヘルスケアや公共事業で違いが出てくることが分かる」(ラルー氏)
P&Gの事例は新製品の開発時にIoT化して実現したものだが、既存のデバイスにセンサーを取り付けてIoT化し、運用維持などを最適化する事例も出ている。その1つが、Flowserveだ。
Flowserveは、産業用ポンプや自動弁、メカニカルシールなどの大手メーカーだ。同社はポンプにセンサーを取り付けることで、ポンプの状態を監視、HPE Edgeline IoTシステムとIoTアプリケーション開発プラットフォームのThingWorxを組み合わせてリアルタイム分析を実現。障害予測が可能になった他、現場担当者に修理の手順を示すARアプリを開発した。結果、保全に掛かるコストは30%以上の削減が見込まれるという。
こうした既存資産の最適化を目的にIoTを導入したという企業は、ガートナーの調査では半数近くに及ぶ(47%)。
「現段階では障害予測を出して現場担当者のアクションにつなげるまでの仕掛けが大半だが、いずれは障害が予測される部品を特定、予備部品を事前に注文し、部品到着日と現場担当者の修理実施日をスケジューリングするまで、全て自動化されるかもしれない」。ここまで進んで、初めてIoTとしての面白さが出てくるとラルー氏は言う。
同時に、ERPシステムはIoTセンサー/デバイスが要求する予備部品発注を受けられるようAPIを実装する、修理予定を受け付けられるようサービスデスクアプリケーションに手を加えるなど、バックエンドへの影響は少なからずとも発生する。それに備えて、ERPシステムをはじめとするアプリケーションの大幅変更に向けた計画を立てることが重要とラルー氏は提案する。
そして最後に、IoTのデータ分析の向上における新しいトレンドとして、ラルー氏は「デジタルツイン」を取り上げた。
デジタルツインは、物理的なモノやシステムをソフトウェア上でリアルタイムに再現するソフトウェアモデルだ。インダストリアル4.0を支える技術の1つで、障害予測、機能変更における影響の検証、稼働の効率化などで活用されている。
すでにGEやシーメンスPLMなど、インダストリアル4.0に取り組む製造業者を中心に採用が進んでいるデジタルツインだが、「今後5年、企業はビジネスにとって価値が高く重要なモノ/システムのデジタルツインを作ることになる」とラルー氏は断言する。
「まずは、リファレンスモデルを使って自社の目的に合ったIoT実装方法を検討してほしい。その際に、IoTは単なるデータ収集と分析ではなく、ERPシステムとの連携が必須であり、そのために必要なAPI連携や設計変更のための予算を確保してほしい。特に、デジタルツインは重要な要素であり、採用の有無をしっかり検討してほしい」(ラルー氏)
グローバルでデジタルトランスフォーメーションが進む中、国内でもIoTに取り組む企業が急速に増加している。だが成功事例が着実に増えつつある半面、大方の企業にとってIoTはまだ高いハードルであるようだ。特別企画「IoT アーキテクチャカタログ」ではそうした国内企業の実態を基に、ハードルを乗り越え実践に乗り出すための情報を包括的に提供していく。
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