まず、バベルの塔を守るコンピュータのハードウェアの性能を考察してみよう。
基準となるのは、昭和48(1974)年2月10日発売の秋田書店版「バビル2世」6巻196ページの、「アメリカ宇宙局(※)のコンピュータの百億倍(※)の働きをする」というせりふだ(※)。
NASAは長い間IBMの大手顧客である。もちろん研究所ではスパコンも使っていただろうし、TCPの研究を進めていたDARPA(アメリカ国防高等研究計画局)なども先進的だったので、何を「アメリカ宇宙局のコンピュータ」とするかは難しい議論ではあるが、多くの処理システムはメインフレーム汎用機だったはずだ。
漫画を連載していた1971〜1973年は、オラクルもマイクロソフトもGoogleもAmazonも存在しない時代である。当時の出来事を書き出してみる。
1964年4月7日 IBM System/360発表(世界初の汎用コンピュータ)
1964年10月10日 東京オリンピック(集計にSystem/360が使われた)
1968年4月6日 映画「2001年宇宙の旅」公開
1969年7月20日 アポロ11号イーグル月面着陸成功
1970年 アムダール社設立、IBM System/370発表
1971〜1973年 バビル2世連載
1975年 アムダールAmdahl 470/6発表
NASAではアムダール製品も使われていたと聞くが、1971〜1973年にはまだ発売されていないことを考えると、バビル2世が執筆されていたころは「IBM System/370」が使われていたと想定してよいだろう。
私がIBMに入社後、ソフトウェア保守技術員として最初に担当したシステムは、System/370の後期製品群である「4300」「3080」「3090」「9370」ファミリーだった。何とも感慨深い。
幸いなことに手元に「コンピューター発達史―IBMを中心にして―」(昭和63年10月発行)という日本IBM50周年の社内誌があるので、この本のデータを参考にする。ここでは年代的に「IBM System/370 model 158」をベースに考える。
アメリカ航空宇宙局(NASA)のことか?
100億倍とは、1000×1000×1000×10である。
コンピュータの世界では、数の大きさを1024の乗数でキロ、メガ、ギガ、テラ、ペタ、エクサ、ゼタ、ヨタ……と呼ぶ。これを3つ上に桁上げ(1024×1024×1024)すれば、だいたい100億倍となる。
基数が少し違うので誤差が出る。コンピュータの世界では何でも2進数で数えるが、横山先生が10進数で書いてしまったので、そのへんはご勘弁いただきたい。
当時のスパコンを引き合いに出したブログを書かれている方もおられるが、本稿では別の視点で考える。
参考:バベルの塔のコンピュータの性能はどのぐらい?(たどブログ)
では、早速ハードウェアの能力を見ていこう。
まずアドレス空間。アドレス空間とは、コンピュータ処理時にアクセスできる最大のメモリ(※)の広さの限界だ。System/370初期時代は24bitプロセッサである。
24bitでのアドレス空間は16MB(1670万バイト)だ。これを単純に100億倍すると「16P(ペタ)B」となる。
メモリとその制御装置はいつの時代でも高価だが、腐ってもNASA(失礼!)であれば、最大量積んでいてもおかしくない。なので当時のNASAのコンピュータは「16MBのメモリを搭載していた」と考えてもまぁよいだろう。
すると、バベルの塔のコンピュータは、16PBのメモリを搭載したシステムということになる。
2017年現在のコンピュータの主流は64bitである。64bitCPUのアドレス空間のアクセス限界は18.44E(エクサ)B、24bitCPUから比較して40bit増えているため、System/370のおよそ1兆倍である(2の40乗は1.0995116×1012)。
米国のクイズ番組「Jeopardy!」に挑戦した「IBM Watson」は、POWER 750プロセッサを90ノード搭載し、16TBのメモリを運用していたといわれている。これでおよそ100万倍だ。そのさらに1万倍、100万ノードくらい動かすと「アメリカ宇宙局のコンピュータの百億倍」に近づく数字となる。2017年現在では、大手クラウドサービス用のシステムがこれに近い。
当時、メインフレームでは「ストレージ」または「コア」と呼んでいた。
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