「アナタの改善策、大丈夫なの?」
1週間後、白瀬と共に箱根銀行を訪れた江里口美咲は、誰もいない会議室で白瀬に尋ねた。今日はゴールウェイが抜けた後のプロジェクトの立て直し案を提案しに来たのだ。
「大丈夫だよ。だが、その他に片付けなくちゃいけない話がある。なぜ、前回のネットバンキングシステムも今回の与信管理システムも、それほど難易度が高くもないのにうまくいかなかったのか。草津はどうしてあそこまで高圧的で無礼な態度をベンダーにとるのか。プロジェクトが頓挫したとき、なぜベンダーから半分程度しか金を返してもらわないのか……。これらを片付けなくちゃ、プロジェクトの立て直しなんてできないからな」
白瀬がそこまで言ったとき、会議室のドアが開いて別府部長と草津係長が入ってきた。2人が席に着くのを待って白瀬があいさつしようとすると、草津がわざとらしいほどの大声で言った。
「ご提案の前に、お伝えしなければならないことがあります。私、このプロジェクトから抜けさせてもらいます」
「えっ?」と驚く白瀬たちの方を見て、草津がニッと笑った。
「というか、この銀行を退職するんです。今月いっぱいでね」
草津の表情には、優越感のようなものが浮かんでいる。
「やめて、どうされるんですか?」と、美咲が尋ねた。
「外資大手の『オックスフォードコンサルティング』に転職して、ITコンサルタントをやることになりまして。A&Dさんとはライバルになりますね。江里口さん、ひとつお手柔らかに」
そう言うと草津は、美咲に向かってわざとらしく頭を下げた。美咲と白瀬は黙ったまま、その姿を見つめた。
別府が白瀬の方を見た。
「白瀬さん。そういうわけで、草津が辞めてしまうとウチには責任者がいなくなります。プロジェクトが終わるまでの間、引き続きコンサルタントとしてプロジェクトをリードしていただけませんか?」
その言葉を聞いて最初に声をあげたのは、草津だった。
「正気ですか、部長。この人は銀行の『ぎ』の字も知らないド素人ですよ」
「草津君! 最後くらい悪態をつかないでいられないのか。そんな調子じゃ新しい職場でも……」
「大きなお世話ですよ。オックスフォードはA&Dと違って、こんなド素人を責任者にしようとか、ベンダーに仕事を任せて後は知らんぷりしようとするようなアホはいませんから」
草津はそう言いながら顎で白瀬を指した。
「いい加減にしないか! もうたくさんだ。全くお恥ずかしい」と首を振りながら下を向く別府に向かって、ずっと黙っていた美咲が口を開いた
「別府部長。草津係長のおっしゃることは正論です。残念ながら、今の白瀬にはこのプロジェクトを仕切ることはできません」
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