翌日、白瀬はゴールウェイテクロジーの有馬社長を訪ねた。ゴールウェイは社員の数が思いの外少なく、5人ほどがPCに向かって作業をしているだけだった。
「2年ほど前までは社員が100人近くいたんですが、他社から引き抜きにあったり、独立したりで、今はもう20人に満たないほどでして。ですから実は、この会社もそろそろ畳もうかと……」
有馬はそういうと、肩をすぼめてお茶を一口飲んだ。
「もしかして、箱根銀行のプロジェクトもそれで?」
白瀬が少しだけ眉を吊り上げたのを見て、有馬は慌てた様子だった。
「い、いや、それは違います。途中で投げ出すつもりなんかなかったんです。それは本当です。ただ、ALM接続不良の件があって、進捗(しんちょく)が遅れてどうしようもなくなったときに、草津係長が……」
「草津さんが?」
「『もう、やめたらどうだ』っておっしゃったんです。ウチが経営的に苦しいことを、知っていたんでしょうね。『今なら既払い金の全てを返さなくてもいいから』って。ユーザーの担当者にそこまで言われてしまっては……」
「なるほど」
「正直、私はほっとしました。確かに草津係長のおっしゃる通り、うちには箱根銀行のシステムを単独で作り上げる力はなかった。銀行業務を甘く見ていたんです」
白瀬は黙って頷いた。与信管理は古くから銀行にあるシステムで、それほど難易度の高いものではない。あの程度の規模のシステムにこれだけ苦労するようでは、業務知識のなさを糾弾され、撤退を勧められても仕方ないかもしれない。
違和感の1つが少し和らいだ気がした。しかし、その一方で新たな違和感が生まれた。あの高圧的な草津が、なぜベンダーを気遣うような話をしたのだろうか――。
「もう1点よろしいですか? できかけのシステムを拝見したら、正常系はできているのに、異常系の方はほとんどできていなかった。プログラムってのはあんな風に作るもんなんですか?」
「異常系やめったに使わない機能は後で作ることにして、ユーザーがよく使うところ、とにかくメインの部分を先に仕上げていくのはない話じゃありません。正常系のロジックを作れば、それを元に議論や変更点の確認ができますから。それに今回は、草津係長にそうするように言われましたので」
「草津さんに?」
「ええ。係長は技術者として優秀な方です。そうやって作った方がメリットが出るはずだと提言してくれました」
草津に対して恨み骨髄と思われた有馬が、草津を評価し、頼ってさえいたことは意外だった。「少し見方を変えなきゃいけないかな」と思いながら有馬に別れを告げ、白瀬は会議室を出た。
白瀬が会議室を出るのと入れ替わりに、ゴールウェイテクノロジーの社員が1人、会議室に入っていった。思わず聞き耳を立てた白瀬に、会議室内の2人の会話が入ってきた。
「社長……。あの、今月の給料は予定通り出るんでしょうか?」
「大丈夫だ。箱根銀行の金、4000万円はウチに残せることになったから、ひと息つけるよ」
「そんなに苦しいのか」と、白瀬は暗い気持ちになった。この会社の経営はかなり逼迫している。こうした状況の場合、仕事の完遂よりも目先の金にこだわり、一部でも費用を回収できるならと、プロジェクトを投げ出してしまうこともあるだろう。ITベンダーとして必要な粘りや頑張りを見せられず、逃げてしまうのだ。もしもユーザーから「一部の支払いをする」という話をされれば、むしろ「これは好都合」と考えるかもしれない。
それにしても4000万円とは……あれ? おかしくないか?
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